近況報告

 昨年7月、私の弟が76歳で他界致しましたので、今年の新年の御挨拶は失礼させて頂きました。同様に、このブログでの年賀状も、失礼したいと存じます。皆々様のますますの御健勝と御発展をお祈り申し上げますとともに、今後とも変わらぬ御厚誼を賜りますようお願い申し上げます。

 そのような次第ですが、近況のご報告だけは、例年通り申し上げておきたいと存じます。もっとも、ほとんど昨年と同様の内容になってしまいそうですが・・・。

 
年齢とともに月日の経つのが速いことを痛感しておりますが、あっという間に81歳になりました。年齢相応にあちらこちらにガタが来ておりますが、まずは生活には支障なく日を送っております。
 早いもので、通産省を退官してから31年を超えました。考えてみれば、役所勤めの年月よりも、退官後の年月の方が長くなったということですし、最後の職場の南関東自転車競技会会長の職を退いてからでも15年半になり、世間からいよいよ遠ざかっていることを感じております。

 
昔からの趣味である短歌は、依然として続けていますが、作品の数は随分減りました。年齢とともに詩藻が涸れて来たという面があるのかもしれませんし、旅や会合等で出掛けることが減り、作歌のきっかけが乏しくなったということもあるのかも知れません。それに加えて、12年にわたって参加していた「題詠100首」というネット短歌の催しに、一昨年から参加を取り止めたため、題詠によりいわば無理矢理短歌を絞り出すという動機がなくなったのも、生産減の直接の理由かも知れません。そろそろ第4歌集を刊行しようかという気がないわけでもありませんが、果たして今年の話になるのかどうかも良く判りません。


 短歌に限らず、ものを書くことも随分減りましたし、このブログへの記載もほとんどなくなりました。数年前まで「スペース・マガジン」という日立市で発行されているタウン誌にコラムを持ち、毎月雑文を書いており、このブログにも転載していたのですが、それを卒業してノルマがなくなった途端に怠け者の本性を露呈し、結局ほとんど何も書かないままにここ数年を過ごしております。これも年齢から来るものぐさなのかも知れませんが・・・。


 郷里山口県の「東京東和町人会」の会長を11年間、同じく「東京大島郡人会」の会長を2年間務めた後、平成22年に次の方にバトンタッチ致しましたし、歴代九州経済産業局長(私の在勤当時は福岡通商産業局長)の会の、代表世話人を務めておりましたが、数年前に若手(?)に後をお願い致しました。
 それやこれや、社会との接点が次第に減って来ていることは否めません。

 私の出身高校である広島県立呉三津田高校の同期会は、数年前の総会で最後になりました。関東地区の同期会は、30年余り前に私が言い出しっぺになってスタートしたものですが、80歳になったこともあり、昨年の例会で今後のことが話題になりました。その結果、まだ続けたいという意向の方が多かったのですが、肝腎の幹事に手を挙げる人が居らず、結局私が去年に引き続き今年の幹事を引き受けてしまいました。奇特な方が現れない限り、今年で終わりにするしかないのかなと思っております。なお、母校の関係で、呉市の委嘱を受けて、ここ数年、「くれ観光特使」なるものを仰せつかっております。呉市から頂いた観光特使の名刺の裏が、市内の各種施設の無料入場券になっていますので、私のその名刺の裏側は有価証券(?)です。ご希望があればお送りしますので、お申し付け下さい。
 ついでに申し上げれば、地縁の関係もあって、広島カープの大ファンです。ぶっちぎりでリーグ優勝したのは痛快でしたが、今年も日本シリーズで苦杯を喫したのは痛恨でした。なお、家内は東京出身ですが、私の影響もあってか、最近では私以上のカープファンです。


 ザル碁の話になりますが、私の棋力は弱い4段といったところです。目下の手近な碁敵は家内であり、家内は私に4子くらいですから、級位の上の方といったところなのでしょうか。特別のことがない限り、ほとんど毎日2〜3局くらい打っていますから、局数だけで言えばギネスブック・クラスだと思いますが、お互いに上達しているとも思えません。ついでに家内のことに触れておきますと、相変わらずささやかな庭いじりに没頭しており、近所の方から褒められるのが最大の喜びのようです。


 年齢のせいか、何かと億劫になり、既に書いたように、雑文書きも減り、短歌も質量ともに下り坂にあるようです。また、このところ旅行にも出掛けず、やらなければならない雑事もなかなか手を付ける気にならず、「億劫病」に罹ったかなと思っているところです。体力気力ともに少し活性化を図らねばとも思い、他方、まあこれが老いというものかという下り坂エンジョイの気持も抱いているところです。

 この1年の近況を申し上げれば、以上のようなことです。こうして整理してみますと、「店仕舞い」の話が主力であり、従来にも増して「たいしたことはしていないな」ということを、改めて感じます。そうは言っても、この歳になれば、「夫婦ともに元気で、さほど変わったこともない」というのが何よりの朗報なのかも知れませんし、ニュースや世間との関わりが年齢とともに減って来るというのも自然な姿なのかも知れません。

「面従腹背」の評価

 たしか1月前くらいの話だが、文部科学省事務次官が、新任挨拶で「面従腹背はやめよう」と述べたという新聞記事を読んだ記憶がある。たしかに「きちんと議論をした上で、決まったことには従う」ということは常識的なルールであり、特に「組織」というものを前提に考えたときには重要なことなのだろう。また内心と外面を使い分けることは、人間性として好ましいことではないとも言えそうではある。それだけに、「面従腹背」は、マイナスのイメージの言葉として使われているのだと思う。
 しかし、本当にそう割り切って良いのか。自分の信念と異なる結論や指示が出された際、それに正面から逆らうことには相当の不利益を覚悟する必要があるだろうし、場合によっては、クビを覚悟でということにもなり兼ねない。「保身」ということも、行動原理としては、否定しきることはできないだろう。そうかと言って、その結論や指示に忠実に従うことは、本人の信念に反するのみならず、間違った結論や指示を補強することになる場合もあり得るし、ケースによっては、権威への盲従、意思決定の過程の不透明さなど、社会正義に反する結果にもつながり兼ねない。例えば、戦前・戦中の特高警察などの官憲が、職務命令に忠実に従い、あるいは上司の意向を忖度して過酷な行動に走った事実をどう評価するか。現在の我々の目から見れば、それが正しい行動だったとは言えないだろうし、むしろ「面従腹背」こそが望ましい行動だったとも言えそうである。
 「面従腹背」は、服従と反逆の中間にあるものなのかも知れない。「特高警察」ほど極端なケースでなくても、組織との摩擦を避けつつ、適当に手抜きをする方が適切な場合もあるのではないか。内部告発というのも、その一つのあり方だろう。「面従腹背」が正しいとは思わないが、それを頭から否定してかかることも、必ずしも正しいことだとは言えないような気がする。特に、為政者の恣意が強く働くようになっている昨今の世相を見ると、「面従腹背」にむしろ相応の位置づけをすべきだという気すらしないでもない。

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 ブログにも随分ご無沙汰してしまった。そこそこに元気にやっている積りだし,書きたいことがないわけでもないのだが、以前のようなノルマ(?)がなくなったせいか、ついつい書くのが億劫になってしまう。年齢のせいだとは思いたくないのだが、あるいはその要素も多分にあるのかも知れない。これからも折にふれて書いて行きたいとは思っているのだが、果たしていかがなものか・・・。