題詠100首選歌集(その48)

このところ急に涼しくなった。昨日所用で奥多摩の方に出向いたら、午後2時過ぎに17℃という気温表示が出ていて、ちょっと驚いた。まさかこのまま秋になってしまうこともないだろうし、余りに残暑が厳しいのも敵わないが、夏の終りが近付いたという実感も、少し寂しいものだ。


             選歌集・その48



004:塩(278〜302)
(久野はすみ)ヘルシンキの海のことなど思いつつじゅんと脂をこがす塩鮭
(あいっち)はつなつの夜には淋しき語感もつ塩おにぎりも莢いんげん
006:ドラマ(263〜288)
(宵月冴音)冬の日のドラマツルギー語るなら音なく燃える火の傍にあれ
(伴風花) 新月を見るたびよぎる結末を思い出せないドラマの台詞
(井関広志) 陰口はドラマとならず旧友のその後の行方はあざけりのなか
(K.Aiko) 試練さへヒロインとして微笑めば劇的にいま超えゆくドラマ
008:守(252〜276)
(宵月冴音)ひとひらの瑪瑙守りてゆく夏のてのひら溶けて石になる朝
(山田もん) 果て尽きる瞬時の声を君宛ての留守番電話に吹き込む夜中
012:ダイヤ(230〜254)
(内田かおり)耳朶白く小さきダイヤ光集めしずかな百合の如く君咲く
(原 梓) 出来の悪い抒情が線路をゆるやかに捻じ曲げ休日ダイヤが狂う
(如月綾)レプリカのダイヤのようなあのひとの優しい笑顔に騙されていた
(あいっち)十代のわたしに会いにゆくためのダイヤモンドはてのひらにある
049:礼(103〜127)
(ゆふ)逝く夏の夕日を浴ぶる向日葵は礼なすやうにこうべをたれる
(ワンコ山田)一礼をささげ引き裂く衝動をやんわり指に伝える工夫
050:確率(106〜130)
(五十嵐きよみ)確率を計算するなど野暮なこと出会いも別れも運命だから
(青野ことり)雨の降る確率は0% ゴーヤのカーテン外は日盛り
(暮夜 宴) ドリカムを歌えば晴れる確率が金曜日には高いと思う
(井関広志) 百分の一の確率に賭けつづけ立食いカレーに落ち着く夕べ
(桑原憂太郎)サイコロの目の確率を数式にあらはす教師のネクタイは青
063:スリッパ(77〜101)
(橘 みちよ)バルコンの風に吹かれて耳澄ますフェルトのスリッパいま脱ぎすてて
(本田鈴雨)左肩はつかに下がる歩もいとし汝がスリッパの浅きくぼみも
(勺 禰子)ベランダにスリッパ履くのももどかしく雷に身を捧げたき夜半
(五十嵐きよみ) 病院のスリッパみたいな面々がてんでに勝手なことばかり言う
(萱野芙蓉)白い人がたたずむといふ階段でいつも片方脱げるスリッパ
(佐原みつる)来客用スリッパで歩く学校の廊下はやけに艶めいている
064:可憐(76〜100)
(本田鈴雨) をとめごのくちびるのへにたゆたへる「きつと…」の語尾のゆらぎの可憐  
(美木) グラビアのあの子を純情可憐だと思いこんでる彼の幸せ
(虫) 干乾びた蜥蜴の爪が指す空に可憐なものがひしめく 行方
(暮夜 宴) 可憐だといわれることの歯がゆさに音たてて咲く真夜中の蓮
(ゆふ)ルノワールの少女の巻き毛の可憐さに迷はず買ひし壁のレプリカ
(勺 禰子)「可憐(かれん)」とは読めず「可憐(アワレムベキ)」と読む冷やし樽酒飲む葉月尽
070:籍(53〜78)
(原田 町)結婚を機に本籍地かえたると長子の知らせ肯いさびし
(ほたる) 入籍の指輪は眠るビロードのオフホワイトのベッドの上に
(寺田ゆたか) 無籍者にあこがれゐたる日もありき生意気盛りの流離(るり)の幻想
(わたつみいさな。) 本籍を油性のペンで黒く塗る少し翳った君の横顔
(沼尻つた子) 鬼籍なることば知りたり青鬼の戸籍係は眼鏡をかけむ
091:渇(26〜50)
(拓哉人形)惰性にて動く渇いたその指をドラマのように見る鏡越し
(畠山拓郎)渇いてる愛を潤すオアシスの側に住みたい今夜も砂漠
(絢森)渇望と言う名の鼓動 ドーナツの穴を小人が次々埋める