題詠100首選歌集(その55)

           選歌集・その55             


010:蝶(251〜275)
(新野みどり)草原で虫取り網を握り締め舞う蝶追った春は遠くて
(夏端月) 可愛いと囁くごとに少女らは羽化する蝶のように華やぐ
(坂口竜太)蝶々の帯留め外す 夕闇の夏の空気は声にならない
013:優(237〜261)
(井関広志)耳奥の海の記憶は夕なぎてジーンズの裾を優しく濡らす
(あいっち)あきらかに優しくはない感情を厨のひかりに放していたり
(K.Aiko)優しさは弱さ 切れずにいる君と並んであるく3度目の春
(夏椿) またきみが紫陽花色の嘘をつく優しさゆゑと言ひ訳しつつ
026:基(183〜207)
(久野はすみ) 鷺草のさぎ飛ぶごとき夏の宵くらき基(もとい)をふみしめて立つ
(あいっち)鍵盤に指をおろしてこの曲のいちばんはじめの基音を鳴らす
(吹原あやめ) 天の川無為に流れる日々ならば基礎体温の波もさみしい
(夏椿) ひと粒のいのち流して下降せし基礎体温のグラフ哀しも
027:消毒(186〜213)
(原 梓) 人並みの郷愁などわれにもありて消毒液(オキシドール)の沁みる夕暮れ 
今泉洋子)看護婦の友の作りし白和へは消毒の匂ひはつか漂ふ
(あいっち)消毒の瓶の軽さをテーブルに置くときうごく影のありたり
(やや) アルプスを望む窓辺に置かれたる消毒液が白くきらめく
(冬鳥) 内腕に受ける消毒すがしければあまりに遥かなものとして死は
(夏椿) きみゆゑに生れし無数の罅に入る消毒液のやうな月光
034:岡(157〜181)
(わたつみいさな。) あさはかな嘘をついた日着陸が遅れてひとり岡山空港
(美久月 陽) 岡場所で首を括った少女だと自分の前世を決めた破瓜の日
(もよん) 今の世に 大岡裁きはないものか ため息ついて 新聞をおく
(紺乃卓海) 岡はいま光と影に分かたれてゆっくりと眠いまなこをひらく
(久野はすみ) わたくしが政岡ならば子をだいてだいて離さぬ 萩の花房
035:過去(158〜182)
(内田かおり)時の間に過去を重ねて陽炎の優しげなればふいに風立つ
佐藤紀子) その心過去に閉じ込め病む人が松本かつじの塗り絵に遊ぶ
(里坂季夜) ここにない街をみている夏まつり誰かの過去が角を曲がった
(夏椿) 菩提寺のふるき過去帳 夭折の家系の先にあるわれと知る
044:鈴(129〜154)
(内田かおり) 風鈴の硬き音ふと冷たくて夏のさなかに芯を携う
佐藤紀子) ご褒美の金の小鈴の音がするテルテル坊主お手柄の朝
(村上きわみ)様々なみどりを抜けてきた風がさいごに触れる風鈴の舌
(翔子) 抱き上げて鈴を鳴らした境内へ片手預けて参る花の日
045:楽譜(127〜152)
(内田かおり)零れては肌に纏えりテナーから楽譜に潜む水脈溢る
(近藤かすみ) ゆくりなく帰り来て夜半の食卓に楽譜ひろぐる子はベーシスト
(佐藤紀子) 楽譜には記入しきれぬ哀感を読み取りて弾くジャズのブルース
082:研(53〜78)
(月子)宿題の自由研究に焦ってた あの日も鳴いてたつくつくぼうし
(ゆふ)米を研ぎ水を量りてセットする常の日の夕べ優しい時間
(ほたる) 真夜中に左手の爪研いでいる綺麗な指を持つ人がいて
083:名古屋(51〜75)
(水都 歩)今は亡き祖母の形見の名古屋帯箪笥の底に仕舞われしまま
(ジテンふみお) 名古屋から大阪までを寝たふりで気持の整理する1時間
(斉藤そよ) 恋文にすこし似ている詫び状が名古屋銘菓に添えられて来る