題詠マラソン秀歌選(過去ログ101〜110)

 なかなか過去ログが溜まらないと思っていたが、109,110あたり、割りに早く溜まり、やっと整理することができた。後の方の題は、まだ数が少ないような気がする。これからを楽しみにしておこう。言い訳めいたコメントは、これまでと同様なので省略する。


題詠マラソン秀歌選(過去ログ101から110)

008:鞄 まっちゃ いつの日も鞄の底にひそませる「ひとりで行ける」といふ置き手紙
009:眠 鈴木博太 思い出が過ぎゆくままに眠れない夜の時報は雨音の中
010:線路 新明さだみ 逃げ水に線路が歪む 明日から私のいない教室になる
010:線路 鈴木博太 朝露に光る線路を歩みゆく草の匂いを残す駅まで
014:主義 新谷休呆 マルクスを主義として生き主義としてマルクスを捨つ知命を過
  ぎて
015:友 鈴木博太 間をおいて「大したことじゃないんだ」と友の口癖ふと真似てみる
016:たそがれ 橘真知子 廃校となる母校には春までに訪ふつもりたそがれをつれ
018:教室 笹田かなえ 階段のある教室は階段の上の方から日が暮れていく
020:楽 梶原さい子 楽焼の茶碗に残る指跡のかそけさほどの遠き恋なり
026:蜘蛛 瀧村小奈生 銀色の朝を奏でる蜘蛛の糸おはよう暑い一日になる
030:橋 大辻隆弘 夏日傘かざしてひとの過ぐるとき水に映りてゐし橋の裏
030:橋 瀧村小奈生 ただ橋を渡りたかった夕暮れはたぶんすっかり思い出になる
031:盗 コメット 駆け抜けた昨夜(よべ)の嵐に盗まれて桜花(はな)は故郷の吹雪に
  変わる
034:背中 酒童子 在りし日の背中のぬくもり消えかけて 吾子あやす唄ふと口ずさむ
034:背中 キタダヒロヒコ 背中から日暮れてしまふひとに火を貸してわれにも日暮れ
  が似合ふ
035:禁 佐藤羽美 ご注意を。現在、春の内側は駐車禁止となっております。
038:横浜 鈴木博太 横浜を見下ろしながら両翼に夜間飛行の星座は灯る
043:馬 ひぐらしひなつ バス停は雨につつまれ佇んだ馬のかたちにかすむやさしさ
044:香 駿河さく さよならの声がかすれて帰るとき私の家はいちごの香り
044:香 陽奈 くちなしが香る角より三軒目通れば君がいるかと思う
045:パズル 陽奈 新聞のパズルを解くを楽しみて卒寿の母は独り暮らしす
046:泥 藤苑子 水害の泥に埋まりし街と庭 あの日の花は夏に凍てつく
047:大和 久松 三輪山が見えて耳成山見えて変わらぬ大和に汗ぬぐう風
048:袖 鈴木博太 昔ほど無邪気に笑わなくなった半袖シャツはもう似合わない
048:袖 嶋本ユーキ 半袖の腕を車窓に乗せてみる君の生まれた街の夕凪
049:ワイン 佐原みつる 戻るのかどうかわからぬ人のためワインセラーの湿度を保
  つ
050:変 矢野佳津 いくたびの夏を越えきて『白鯨』の西陽に変色したる背表紙
050:変 影山光月 変わりなく過ごしていますあなたへのメールに書いたただひとつ
  の嘘
051:泣きぼくろ 森屋めぐみ 満月の左の下の泣きぼくろ赤く潤みて人を恋いおり
054:靴下 矢野佳津 硬質の音たててゆくこの夏の少女よ青き靴下を履け
054:靴下 佐原みつる もうどこへ行く気もしない朝だけど旅行鞄に詰める靴下
057:制服 市川周 三ヶ月しか着なかった制服で行くお葬式 ひぐらしの午後
063:鬼 篠田美也 桜守(も)る鬼の臥し処の辺りから日は暮れなづむ贄を隠して
063:鬼 酒童子 目を閉じて幼き子らの声をきく 鬼さんこちら手のなるほうへ
066:消 emi 七月の着信履歴消すことができないままにバスを見送る
066:消 西村玲美 宵闇に紛れて消えし朱の雲細き蛙の背は動かず
066:消 田丸まひる 遠花火消えてゆくまで見届けてリップクリーム塗り重ねてる
067:スーツ 牧野芝草 背広という言葉は消えて年明けのスーツ売り場に新人が来る
069:花束 茶琥チヤ子 花束を深く抱きて迷い込む六十年目の八月六日
069:花束 佐藤紀子 花束を貰ひて帰ることもなく退職の日が静かに終る
071:次元 水須ゆき子 異なった次元に暮らす二人なり塩烏賊なんぞ茹でて語らう
072:インク 水須ゆき子 キーを打つたびに薄れてゆく恋はインクリボンに残るイニシ
  ャル
072:インク 方舟 万年筆のカートリッジは親しめず壷のインクにペン浸し書く
073:額 内田かおり 少しずつ家族写真の色薄れ四角い額に閉じられし笑み
073:額 佐藤理江 仏壇にあまた父祖らの顔並び額縁はみな斜め上向く
073:額 篠田美也 花の色が染まりしごときむらさきの額(ぬか)のあたりの骨を拾ひ
  ぬ
073:額 鈴木博太 今はもう逢わない人を想う夜すこし車窓に額を寄せる
074:麻酔 近藤かすみ 麻酔より還るあなたを待つ夕べゆりの花びんをもとにもどそ
  う
074:麻酔 水須ゆき子 局所麻酔打たれしのちに空色の布を被りて子は母を呼ぶ
076:リズム 篠田美也 だうしても埋められぬままあなたとは違ふリズムで昏れていく
  夏
077:櫛 渡部律 いつもより早く風呂終え櫛けずるいない人待つ盆の夕暮れ
077:櫛 内田かおり 花見酒桜の小枝は挿し櫛に流し目してから恥じらってみる
078:携帯 内田かおり アメリカの道端にいる君の声を裏庭で聞く携帯電話
080:書 住職(jusyoku) 待ち合わせた書店は別の店となる。帰省の度に消える思い
  出。
080:書 里坂季夜 二年後に二十年後に馬鹿だなと笑えればいい 日記を書こう
083:キャベツ 酒童子 一面のキャベツ畑に霧かかり収穫急ぐ高原の朝
084:林 紫峯 秋の日に光太郎もいた九十九里防風林に智恵子を捜す
086:占 内田かおり 占いが天気予報に続きおり朝のニュースに胸塞ぐ日も
086:占 みあ 淋しさを埋められなくて占いのトランプカードめくり続ける
087:計画 高崎れい子 革表紙の手帳の夏の計画の白いページに蜻蛉がとまる
087:計画 水須ゆき子 計画によれば家族はあと二人増えたはずらし味噌買いに行く
090:薔薇 野樹かずみ テーブルの薔薇がつぼみのまま枯れてゆくのを見てた 別れ
  る夏に
091:暖 17番 君の名を曇硝子に書いてみたそれだけでもう暖かい冬
094:進 萱野芙蓉 シホカラのみづ色あはく老ゆる野べ夏が二、三歩西へと進む
095:翼 内田かおり 電線に向き様々に留まる鳥一羽ずつ来て翼を閉じる
096:留守 今泉洋子 姑の留守の夜にはのびのびと酒呑み大の字になりて寝る
097:静 暮夜宴 静かなるひかりの中で目を覚ますあなたの鼓動がこんなに近い
098:未来 中瀬真典 ブティックに姉妹のごとき妻子ゐて幸せならむ未来の我は
098:未来 今泉洋子 子の描く飛行機雲は夏空をふたつに割りて未来へと伸ぶ
098:未来 内田かおり 手に取って見るのは少し怖いので未来はガラスの棚の中です
100:マラソン 野樹かずみ 汗と汗のひかりを纏いマラソンの走者らスタート地点に還
  る
100:マラソン 今泉洋子 マラソンの中継カメラは映しをり君と出会ひし古都の寺院を