題詠マラソン秀歌選(過去ログ121〜130)

 いつの間にかすっかり秋になった。題詠マラソンも終盤に差し掛かって、投歌のペースも上がってきているようだ。例によって、過去ログ121から130までの秀歌選を載せたい。正直に言って、「なぜこの歌を選ばず、あの歌を選ぶのか 」などと真面目に考え出すと、わけが判らなくなってしまう。あくまでも刹那的な出来心だと開き直るしかない。


題詠マラソン秀歌選 過去ログ121〜130(敬称略)

003:つぼみ 堀野真実子 とりどりのつぼみにも似て六月の第一土曜の雨傘売り場
003:つぼみ 方舟 沈丁花日毎膨らむつぼみみな日差し迎うる如く立ちたり
008:鞄 福田睦美 女生徒の鞄はあはくふくらみて星砂零しゆくごとき帰路
009:眠 水月秋杜 岬では風が眠りをさらうから夜の断崖素足でおりる
011:都 小倉るい 故郷を出でて二駅過ぎ去れば早や変わりゆく都会の顔に
019:アラビア 福田睦美 アラビアの月夜の光(かげ)のしづけさに星傾ぎては銀の砂降る
020:楽  梢子 夕方に萩はもう散りふっくらと火の色うつす信楽の壷
022:弓 石井一尋 桂林の大河は深し悠々と胡弓の調べ水面を渡る
022:弓 荻原裕幸 憂鬱の弓のひとつをゆるませてふたりしづかな午後を演じる
024:チョコレート 石井一尋 生と死のはざまで生まれ来眠りたる吾子の墓前にチョコレート置く
025:泳 ゆづ 人波をかいて泳いでひとりだけ会いたい人がいる交差点
025:泳 魅弥華韻 月光の風に水着の揺れながら泳ぎ疲れた身体(からだ)が撓う
026:蜘蛛 荻原裕幸 蜘蛛の糸きらきらとして何もない朝をそのまま受け容れてゐる
030:橋 春村蓬 吊り橋の真ん中でふいにポケットの中身を全部捨てたくなつた
030:橋 荻原裕幸 どの橋へもどる前にもうすぐらいうすむらさきの領域がある
032:乾電池 車前子 乾電池二本入れれば語りだす日曜討論この国の行方
034:背中 資延英樹 屋上のフェンスに肱をあづけつつ風の背中を見送りてゐし
037:汗 車前子 かぎりなく空青き日と終戦の日を語りたり汗拭ひつつ
039:紫 yuki この色を見るためだけにここにいるそんな気のする朝の紫
040:おとうと 資延英樹 思ひ出すたびにちひさくなつてゆくたゞ笑つてたおとうとの顔
041:迷 岡村知昭 持ち物はポテトチップスだけなので迷うことなく東京に着く
043:馬 石井一尋 緩やかな稜線望む草千里駆け出す馬上で風となりたる
043:馬 杉田加代子 脱藩せし竜馬のかげを追ふごとく檮原街道秋風の吹く
044:香 杉田加代子 理由(わけ)もなく抱かれたい夜の縁台の線香花火のはかなさもよし
046:泥 河内蜜柑 雲仙に夕日沈めば仕事果て畑の泥をぱたぱた払う
048:袖 花山周子 曇天を描きし頃の曇天の色が袖には染みついており
050:変 しのざき香澄 もう秋がきていますよと書きはじめ明朝体にフォントを変える
053:髪 瀧村小奈生 前髪をぱつんと切ってもう君に会わなくていいと思ったりする
053:髪 福田睦美 髪に今見えぬ淡雪降りしゆゑ庇ふべきその湿り気を梳く
054:靴下 みち。 2時間後背中合わせで穿くことをもう知っている靴下を脱ぐ。
057:制服 翔子 曼珠沙華主婦という名の制服を裂いて刻んで今朝空に撒く
057:制服 荻原裕幸 制服に身をつつまれるやすらぎと言ふひとがゐて秋をひろげる
059:十字 つきみ 川の字もいつのまにやら1と十、起きた1字が十字をなおす
060:影 大辻隆弘 陰影をひとすぢ刷いて描きをへつ九月の空の素描いちまい
060:影 百田きりん 影を踏むこともせつなくもう歩き出せないような真昼の廊下
061:じゃがいも 福田睦美 じやがいもの茹でたての匂ひほこほこと麦酒とともに溶けゆく夕べ
068:四 佐原みつる 暗闇に灯るマッチの火のようなメールを破り捨てれば四月
070:曲 枝川由佳 あのひとがリクエストするミサ曲に銀色の雨降り続く朝
074:麻酔 嶋本ユーキ 昼下がり通勤電車のガラス越し麻酔みたいな日だまりと逢う
076:リズム 嶋本ユーキ 三味線の音色流れる横丁を猫のリズムで猫は横切る
081:洗濯 方舟 脱ぎ捨てた下着の山に洗濯機の使用説明書読む妻の留守
081:洗濯 田丸まひる 洗濯板みたいな胸に話したくないことがまだくすぶっている
085:胸騒ぎ 海神いさな。 六つとせ 無理やり起こす胸騒ぎ無傷でいられる恋はしません
088:食 方舟 籠持ちてポーター代わりの濡れ落葉食品売り場を妻に従ふ
090:薔薇 和良珠子 結局は勧誘だから丁重に薔薇色の未来をお断りする
090:薔薇 五十嵐きよみ 淋しさにふれてきた手ですり減らす薔薇のかたちをした石鹸を
091:暖 方舟 扇風機と暖房器具を入れ替えてスペース足りる部屋に慣れ住む
096:留守 里坂季夜 留守宅の風鈴の音に障子紙また買い忘れたと思い出す夜
097:静 香乃 立ち去るも残る覚悟も出来上がり雪しんしんと静かに積もる
099:動 佐藤紀子 「メキシコに出張中」の札があり動物園にパンダは不在