日本語と遊ぼう会(読むクスリより)

 全くの私の自慢話である。平成7年はじめ週刊文春の「読むクスリ」という欄の一部に私が登場し、その後、その記事をまとめた単行本や文庫本が文芸春秋社から発行された。その私関係の部分の抜粋である。



読むクスリ 23 上前淳一郎(1995・6・15 株式会社文芸春秋発行)


日本語と遊ぶ

 東京・豊島に『写研』という写真植字を手がける会社がある。
 ここが毎年1回、日本語の読み書きを中心とするテストとも、クイズともいえる大会を開いている。名づけて『日本語と遊ぼう会』。
 10代から80代まで1000人を越える愛好者が集まって、知識と頭のやわらかさを競う。男女の比率は半々だ。
 100問に50分間で答えるのだが、難問ぞろいで、1994年の第3回大会の平均は51.2点だった。
 それでも最高得点は96点。すごい人がいるものだが、
「私は79点で、参加1190人中77位でした。お恥ずかしい成績です」
宇部興産取締役の西中眞二郎さん。
 決して悪くない成績なのに、お恥ずかしい、とおっしゃるのは、じつは西中さん、第2回大会の優勝者だったのだ。
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 この大会がどのくらいむずかしいか、参考までに西中さんが優勝した第2回の問題の一部をお目にかける(解答は257頁にあります)。
一 傍線の漢字にふりがなをつけなさい(西中注:傍線略)
① 賞恤金が支払われる
② 他人の気持を忖度する
③ 内心忸怩たるものがある
二 傍線のひらがなを漢字で書きなさい(西中注:傍線略)
① しそう堅固な人物
② 110歳をこうじゅという
③ 不心得をさとす
三 つぎにあげる高速道路のインターチェンジ、パーキングエリアの名前は何と読みますか(カッコ内は道路名)
① 姶良(九州)
② 原木(京葉)
③ 神坂(中央)
④ 女形谷(北陸)
四 次の○○の中に同じひらがなを入れて単語を作りなさい
① せん○○き、○○かい、○○こ、かり○○
② さ○○みず、い○○そ、○○ね、あら○○
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 こうした難問をつぎつぎさばいて、その年西中さんは84点の最高得点をあげた。
 参加1432人の平均は45・5点だった。
 一部上場の化学会社の重役さんが、どうしてそんなに日本語クイズに強くなったのか。
「私は子供のころから短歌をやっていまして、難読の漢字をいじりなれているのです」
 中学時代すでに、短歌雑誌にさかんに投稿していた。 
 東大法学部から通産省に入っても詠み続け、数年前に短歌集まで出している。
「作詞もやります。おかげでカラオケが好きでして」
 抜群の記憶力があって、一度歌った曲の歌詞は三番まですぐ覚えてしまう。そういう曲が300ほどある。
 それだけ記憶していると、国語辞典が頭の中にあるようなものかもしれない。
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「それから、私は地名に興味がありまして、全国で650を越える市の名前を全部暗記しています。」
 通産省時代には『市町村あれこれ』という本を書いたほどだから、ただの趣味ではない。
「眠れないときには、北海道から南のほうへ、ずっと市の名前を口の中で唱えて行くんです。東京へ着くまでに眠ってしまいます」
 こういう特技があってみれば、問題のインターチェンジの名前などお茶の子さいさいだろう。
「しかしね、漢字の知識では年長者にかないませんし、頭の柔らかさではもう若い人に負けます」
 最年長では74歳の女性が71点、最年少では17歳の高校生が69点で、上位入賞している。
 そんな中での優勝は、熟年の強みを発揮したというべきか。
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 この大会、もとは『漢字読み書き大会』といい、1972(昭和47)年に始まった歴史を持つ。
「私は6,7年前から誘われて参加するようになり、毎年ベスト20位には入っていたんです」
 この間に通産省を退官して今の会社に移った。
「まあ、この大会の遊び心が面白くて毎年行っているんですが、それにしても昨年の77位はショックでしたなあ」
 サッカーJリーグのチーム名に関する問題が10問あった。
 サッカーのことはまったくわからなくて、これに全敗したのが痛い。
「ですからね、偉そうなことをいってみても、テストやクイズというのは結局運なんですよ。昨年は不運だったとあきらめて、今年もまた挑戦します」
 参加料はわずかな実費程度で、優勝すると5万円、上位入賞者には国語辞典などの賞品が出る。
 あなたも一度、どうですか。
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問題の正解
一 ①しょうじゅつきん ②そんたく ③じくじ
二 ①志操 ②皇寿 ③諭
三 ①あいら ②ばらき ③みさか ④おながだに
四 ①めん ②そい

 
 西中注
 原則として、字配りを含め単行本の原文のままだが、横書きに直したため漢数字では読みにくいので、数字は原則として洋数字に直した。
 私は、その後もずっと参加し、毎年3位くらいから20位くらいまでの成績を収めていたのだが、数年前にこの大会は中止になった。学力というよりは、むしろ頭の柔らかさや応用力を問うような問題が多く、頭の老化度のテストにちょうど良いと思っていたのだが、昨今の日本語ブームにもかかわらず、中止になったのは残念なことだ。
 上記の記事は、私がいかにも自信満々で答えているように読めるが、決してそうではない。「ストーリーになりそうな部分だけを要約して、繋ぎ合わせたらこうなった」と言うべきだろう。なお、私が漢字読み書き大会に参加をはじめたのは通産省退官後であり、その点はこの記事は不正確である。ほかにも不正確な部分は若干あるが、コメントするほどのことでもないので、省略する。