選歌集その2

 題詠100首の選歌、第2編です。ここ暫く「秀歌選」という呼び方をしていたのですが、少し仰々し過ぎるような気もしますし、「秀歌」と名付けると、何か絶対的な物差しによって決め付けているようなニュアンスになってしまう惧れもあります。実は、そんな理由で、去年もはじめのうちは「秀歌選」という言葉を使っていなかったのですが、後半に入って、いわば略称としてこの言葉を使いはじめたように記憶しています。そんなわけで初心に返ってタイトルを考え直し、適当な名前も思い付かないままに、一応、無色透明・無味乾燥な「選歌集」というタイトルにしてみました。
 今年になってからはまだはじめたばかりなので、私の物差しも曖昧です。どうしようかと迷う作品も多数ありますし、去年に比べれば少し甘くなっているのかなという気がしないでもありません。また、これから選歌の「揺らぎ」が出て来るのかも知れませんが、「勝手な私的な選歌」ということで、お許し頂きたいと思います。なお、お題の次の数字は、主宰者のブログのトラックバックの件数の数字を利用させて頂いています。

001:風(81〜108)
(みあ)いつだって笑うピエロの哀しみの糸をつまびく春風が吹く
(暮夜 宴) あおぞらに8分音符を遊ばせて風の奏でるソネットは春
002:指(46〜84)
(みずき)外れない指輪のやうな気だるさがグラスワインを傾けてゐる
(ふふふふふふふ) めをとぢて心で指を折ってみる とおくで思っているひなまつり
佐藤紀子) 蕗の薹採りて黒土を落とすとき指の先から春に入りゆく
(丹羽まゆみ)閑やかな農道に立つ遮断機はひがら一日そらを指さす
003:手紙(51〜72)
(暮夜 宴) コバルトの色えんぴつで書き足した追伸だけが本音の手紙
(きじとら猫)今日もまた長い手紙をしたためる投函場所は引き出しの奥
004:キッチン(40〜72)
(五十嵐きよみ)背伸びしてシチューの鍋を片づける明日には冬の終わるキッチン
(みずすまし) ザワザワと心ざわつくこんな夜は ただひたすらにキッチン磨く
(方舟) キッチンと言へばどれほど変わるのか男子厨房に入る世となり
005:並(35〜68)
(愛観) 人並みでいいと自分に言いながら足りないものを数えすぎてる
(みなとけいじ)ビール缶三つ並べて冬真昼 集魚ランプはしずかに憩う
006:自転車(27〜58)
(青い蝶) 3月の虹を探しに行くときは自転車だって立ちこぎのまま
(水須ゆき子) みずからの影を轢きつつ自転車の少年ななめに校庭を裂く
(白辺いづみ)ハチ公になき物語ひとにあり単線駅の錆びた自転車
007:揺(27〜50)
(春畑 茜)揺籃(えうらん)は夢を揺らすよゆんゆんと枇杷の実灯る月の夜のゆめ
(富田林薫)春風の囁きかけるブランコが前に後ろに揺れて日曜
(みずき) 揺れてゐる目(まな)滑らかな言ひ訳へ夢と消えゆくふたたびの夏
(丹羽まゆみ)笑ひごゑたかく響かせ翹揺(げんげ)田に少女は春のひかり編みをり
(暮夜 宴)ひだり手の感情線がざわざわと揺れる気配にたじろぐ真昼
(里坂季夜)振り切れぬままだからいい空を見てつま先ついて揺らすブランコ
008:親(24〜48)
(髭彦)夭折の子を持つ親のかなしみを湛へて届く賀状もありて
(新井蜜)父親になんてなりたくなかったと思ってる春 雲が流れる
(ほにゃらか) 子を抱く温みがときに恋しくて親の都合で抱きしめてをり
(かっぱ) 親ゆびの指紋の天気図によれば夜はしばらく明けないらしい
(水須ゆき子) 親を知らぬ故(ゆえ)にまばゆき歯のごとく波は巌(いわお)を削ぎて返りぬ
(佐田やよい) 温かくまあるい命だっこして親になりゆく満たされし午後
(スガユウコ) 親になることなく終わる人生(ひとよ)なり哀れむことの卑劣さを知る
009 椅子(1〜26)
(美山小助) 亡き友を 偲ばせる椅子 そにありて 虚しさだけが 腰掛けるのか
(小軌みつき)屋上にぼくのロンリープラネタリウムもうきみは亡き白い丸椅子
010 桜(1〜25)
(美山小助)桜散り 若葉芽吹かん 樹の下で 虚しき宴の 酒飲みくだす
(春畑 茜) 桜葉のほのかに塩の味すると今宵ひとりし餅ふたつ食む
(みずき) 五感からハープが震ふ毀れゆく桜の闇は細く悲しい
(小軌みつき)さくらんぼふくめば太宰の苦わらいうつし世にまた桜桃忌来る