題詠百首選歌集・その5

 選歌集・その5をお届けします。選歌にますます自信がなくなって来ましたが、ここまで来れば続けるしかないと思っております。



004:キッチン(73〜126)
 (素人屋)キッチンでひとりジャム煮る 鍋の中あんな言葉もかき混ぜながら
008:親(49〜87)
 (五十嵐きよみ)空色をつくるパレットとけあった二色の水彩絵の具の親しさ
 (翔子) その広き背中がいつしか折れてきて父親が逝く雪の降る朝
 (ふしょー)母親が要らぬ入れ知恵したらしく鯵の干物をあなたがほぐす
 (みの虫) 親子丼のグリンピースの青き実の「みなと食堂」廃業となる
009:椅子(49〜84)
 (空色ぴりか) 祖母はもう車椅子さえいやがって閉じ籠もりたる春来たれども
 (五十嵐きよみ)持ち主が気になる椅子にかたちよく麻のジャケット着せかけられて
 (里坂季夜)未読本置き場となった椅子二脚動く気配もないままに春
 (佐原みつる) 群青の背表紙ばかり抜き出して背もたれのない椅子に重ねる
 (方舟) 長椅子に仰臥をなしてはばからず読書楽しむ齢となりぬ
 (史之春風) 陽溜まりに眠たい椅子が並んでる 講堂 スピーチ 最後の校歌
 (みあ)講堂のピアノの椅子においてきたスキの二文字へおりボンつけて
010:桜(26〜81)
 (丹羽まゆみ)あつけなく手から零れてゆく桜あといくたびを残り生に逢ふ
 (水都 歩)満開の桜見上げてその幹の脈打つ樹液の音聞いてみる
 (みにごん)桜なら間に合ってます今週はロマンチストの押し売り禁止
 (里坂季夜)カレンダーの大寒の字の上に貼る桜のシール特に意味なく
 (五十嵐きよみ)葉桜になるのをおそれながら咲く春たそがれの昏さのなかを
 (ぱぴこ)桜より桃を好きだという君に恋をしたから春がふくらむ
011:からっぽ(33〜66)
 (青野ことり) 厳重に仕舞われていた真四角の箱にあふれるほどのからっぽ
 (しゃっくり) からっぽの心で母はなにを待つ老人だけの部屋の片隅
 (五十嵐きよみ) 背後から抱いても麻のジャケットはとうにからっぽだあれもいない
 (佐田やよい)からっぽの郵便受けをのぞきこみため息入れる金曜の夜
 (里坂季夜)その下を腕いっぱいのからっぽをかかえて歩く空はただ空
 (まつしま)からっぽのバス停古いベンチには夕日の欠けら残ってただけ
 (ぱぴこ) 夕間暮れからっぽ公園ちぎれ雲 影まで夜に帰り始める
012:噛(36〜66)
 (水須ゆき子)噛み癖が抜けぬ小猫をくるぶしにぶら下げたままお日さま沈む
 (原田 町)するめなど炙り噛みいるふたりなりただ黙々とテレビを見つつ
 (暮夜 宴)肝心なときになんにも言えなくて春のまなかでくちびるを噛む
 (佐原みつる) 噛み終えたガムを譜面の一枚に包んで放り投げる日曜
 (翔子)木蓮がほころびはじむ夕闇を悔恨というガム噛みつ行く  
023:結(1〜26)
 (船坂圭之介) 春霞む庭辺に風の柔(やは)く来ていま結納の式はじまりぬ
 (行方祐美)結び目はゆるくしましょうコーヒーの香ゆたかな朝の約束
 (春畑 茜)みづいろの春のリボンを結ぶ指影やはらかにいまを結べる
 (ほにゃらか)まつすぐに生みだされたる雲たちが緋色の風に結ばれてゆく
024:牛乳(1〜27)
 (ねこまた@葛城) 朝まだき牛乳瓶の打ち合いて瞑き眠りの底辺を揺らす
 (みずき)湯煎しつつ黙(もだ)す一瞬 牛乳のなかに澱みし怒りは溶けず
025:とんぼ(1〜28)
 (行方祐美) とんぼ柄のがま口ほしい雪の日は長き手紙を続けるばかり
 (丹羽まゆみ)曼珠沙華のやうな緋色の列なしてとんぼ久遠の秋を渡れり
 (春畑 茜)ゆく夏のひかりよ影よ草ゆれてとんぼがとんぼ追ひゆくが見ゆ
 (ほにゃらか) 遊び女にあらぬをとんぼ縛られて雄をいざなふ 逃げられぬまま
026:垂(1〜30)
 (丹羽まゆみ)いづくかは陰となるこの水球のおもてにわれは垂直に立つ
 (紫女)屋根裏になにやら秘密あるらしと垂れた糸引く雨の五畳間
 (春畑 茜)朱の箸にひき上げらるる春昼を三輪索麺はひかり垂れたり
 (小軌みつき)心象に沁みこませしはジャズピアノ枝垂れ白梅ほろほろと降り