題詠百首選歌集・その6

 題詠百首選歌集その6をお届けします。


001:風(148〜179)
 (夢麿)ひたすらに歩を進めてく僕の背に少し遅めの追い風が吹く
 (内田かおり) 園庭に吹く風みどりままごとの花びらごはん揺らして遊ぶ
003:手紙(111〜142)
 (ぱぴこ) 思い出にさらわれそうで手紙には日々の出来事ばかりを綴る
 (佐藤紀子)故郷の夜に書きたる絵手紙を赤き筒型ポストに落とす
 (林本ひろみ)どんぐりを拾って瓶に閉じ込める明日の森への届かぬ手紙
005:並(106〜137)
 (ことら)ほんとうのことを懼れて蜻蛉(かげろう)の薄羽の如き言葉並べる
 (素人屋)本日のニュース伝えるキャスターのその歯並びが気になっている
 (村上はじめ)本棚に並んだ本の背表紙でわかった気がするあなたの本音
 (佐藤紀子) シャラシャラと細き箒葉なびかせて棕櫚の並木に海風が吹く
013:クリーム(35〜82)
 (暮夜 宴)ざらついた心を見透かされそうであちこちに塗るニベアクリーム
  (スガユウコ) 灰色の空を見上げるそんな日はクリームシチュー定番となる
(ぱぴこ)君と住む部屋のイメージ決めかねてクリーム色のカーテンを買う
(みあ)やわらかなクリーム色の春の陽をかさねぬりして菜の花きいろ
014:刻(31〜77)
(暮夜 宴)刻印を押されることのためらいに振りかざしてるちっちゃな自由
(佐田やよい)無人駅花の香(か)のせた風が吹き時刻表にも春を報せる
(水須ゆき子)亡き父の時計を拭けば蘇る秒針細く夜光を刻む
(原田 町) 同姓の多き村なり墓石に桶屋鍛冶屋と家業刻まれ
(松本響) 刻まれた夢の果実を煮つめてはきみに届ける春色のジャム
(おとくにすぎな) 使い分けできないひとがほそい線ばかりで刻む版画のウサギ
(ことら) 隅々(くまぐま)に原初の記憶刻まれし身なれば夜毎(よごと)髪の伸びゆく
015:秘密(28〜71)
(暮夜 宴) どうにでもなれと刹那のつなわたり絡めた舌の秘密の匂い
(佐田やよい)遠ざかる子供の声を見送って秘密基地にも夕闇せまる
(野良ゆうき)満月は今宵静かな共犯者 主犯は誰であるかは秘密
(水須ゆき子) またひとつ春の秘密を掘り返し小猫は庭を跳ねながら消ゆ
018:スカート(1〜53)
(丹羽まゆみ) スカートに風孕ませて少女らが卒業までの時をかけゆく
(ほにゃらか) スカートにかくれんぼする子の背(せな)をそつと押し出す 桜の中へ
(佐田やよい) ブランコをこぐスカートがゆらめいて 蝶になる春 風になる春
027:嘘(1〜28)
(船坂圭之介) 来たる世に逢はむと誓ふ心根を嘘と知りつつ涙流しき
(はこべ)嘘と知り気づかぬふりのその人の 横顔やさし初冬の午後に
(行方祐美) 春の嘘なら聞いてみようかこんがりとマフィンを焼いてお茶など淹れて
(みずき)嘘はもう記憶の淵に眩しくて愛執とほき水のささやき
(暮夜 宴)パステルの淡さでなぞる嘘なのにやさしくなんかなれない夜更け
028:おたく(1〜28)
(髭彦)ひと呼ぶに<おたく>と云ひし若き日の友の書き来す文字の乱るる
(ほにゃらか)なにごとも精通しえぬ虚しさに<おたく>未満を引き籠もるわれ
(まつしま)奪われてみたい心がありまして辞書で「おたく」の種類調べる
029:草(1〜25)
(みずき)草雲雀さりさり砕く木蔭より ささら水恋ふ夕(よ)べの翅うつ
(髭彦)侵略に美学あるごと丈高く泡立草の黄に咲き乱る
(丹羽まゆみ)しづかなる仏のこゑよ美濃紙に意志を光らせ草書の流る