題詠百首選歌集・その8

 選歌集その8をお届けします。前置きは、毎回同じようなものですから省略します。


004:キッチン(127〜157)
  (川内青泉)今までは喧嘩しながらキッチンに立つ母子あり今は子ひとり
  (まゆねこ)雑然とわれの来し方詰まりいてキッチンよりも厨が似合う
  (秋野道子) 化粧などしたくない日はキッチンのバニラの小瓶香水にする
019:雨(27〜61)
  (丘村トモエ)目を閉じてアスファルトから立ち上る雨の香りを嗅いだ夕方
  (佐田やよい)降り落ちる雨の匂いを吸いこんで春との距離を確かめている
  (ドール)「雨宮」という表札の残された主のいない梅の咲く家
  (五十嵐きよみ)ほしいものは特にないから雨音をわたしのために数えてくれる?
  (愛観) 割り切れぬ心をよそにワイパーが左右に分ける銀の雨だれ
  (飯田篤史)そうきみはきっとやさしいはるの日の海のかなたにふりだした雨
  (花夢)今日、ひとつ嘘をつきます 川沿いのコーヒーショップはうっすらと雨
020:信号(25〜60)
  (五十嵐きよみ)君らしくないことばかり増えてゆく信号待ちのあいだの口論
  (愛観) 信号が赤から青に変わるより前に本当のことだけ言って
021:美(25〜57)
  (佐田やよい)絵の具の香(か)たちこめている美術室ゲルニカを見て恋におちた日
  (青野ことり) 美しい影に恋して真昼間の路地の奥までつかのまの旅
  (原田 町) 週刊誌二冊読み終え美容室の春の日差しにしばし微睡む
022:レントゲン(27〜57)
 (青野ことり) そのときをそのときのまま切り取ってレントゲン室その後の話
  (飯田篤史)レントゲン写真にうつるさみしさははるのしずかなたそがれのなか
023:結(27〜53)
(鈴雨)髪結いて露わなる耳ほの紅く冬の朝陽に透けて輝う
(暮夜 宴)靴紐を結びなおして歩きだす春に押される背中のぬくみ
(五十嵐きよみ) 水引きの結び目を解く、つぎつぎと解く苛立ちを鎮めるために
(水須ゆき子)結納の日の振袖は幽寂の海となりしか御所車(ごしょぐるま)浮く
(原田 町)初島田結い上げし日の喜びを昨日のごとく母は語りぬ
033:鍵(1〜28)
(ねこまた@葛城) 置き去りの心の鍵をしまい込む指に冷たき夜気しんしんと
(みずき) 水そこに恋の気泡の鍵やある躓きさうな靴の小ささ
(ほにゃらか)その鍵をわれら失くしてしまひしかアジアの鉄扉ひらけぬままに
(まつしま)鍵穴の金属音に凍りつく寂しさがある気ままな暮らし
034:シャンプー(1〜30)
  (みずき)ほたる火は湯船に青きシャンプーの残り香ならん 水かけ放つ
(丹羽まゆみ)柔らかくなりたる父の五分刈りに空木の花を開くシャンプー
(謎彦)道化師の朝のシャンプー打楽器としてのピアノをとほくしたがへ
(かっぱ)もう出ないことを知らないシャンプーが今日もなでられるのを待ってる
(飯田篤史) はるのよるやさしいきみのかなしみを知って両手にうけるシャンプー
035:株(1〜30)
(船坂圭之介) 凡そわれに縁なきものと思へども朝ごとに見る株価一覧
(みずき)株分けし菊の小夜風あはあはと花の乱舞の遥けき序奏
(丹羽まゆみ) あはあはと株を増やせる花韮に木隠れの墓碑明るむごとし
(春畑 茜)株主の去りたるのちを椅子たたむ音春の音ひびく日の暮れ
036:組(1〜29)
  (行方祐美)組み合わせ自由なランチのように生き自由の重たさを知りたる四月
(髭彦) ボラの仔の跳ね飛ぶ海に遠泳の隊列組みて児ら泳ぎ出づ
(春畑 茜) 遺伝子を組み換へられし麦のあをあはくけぶりぬ雨降る朝に
(遠山那由)「腕を組みたい」と思わぬことにして杖の金属面を撫でてる
(本原隆) 広さとか過ぎた日とかが気になれば組み立て式のひこうき飛ばす
037:花びら(1〜29)
(かのこ)道端のマーガレットの花びらで恋を占う学校帰り
(髭彦)叛逆の兵士を訪へば仄紅き花びら舞ひて墓の鎮もる
(丹羽まゆみ) 身の程の円を描きて花びらは紛ひなく朱夏の花となりたり
(かっぱ)あなたから借りた化学の教科書に花びらひとつはさんで返す
(中村成志)前を行く髪から舞った花びらを左拳で打つ木曜日