題詠百首選歌集・その10

 引き続き選歌集。楽しんでいることは事実なのだが、ほかにやるべきこともあるのに、少々とらわれているのかなという反省(?)もないわけでもない。暫く離れてみようかと思いつつ、ついついネットを開いて見ているのが正直なところだ。


009:椅子(85〜130)
(素人屋)椅子の上 置きっ放しの携帯の見たくなかった着信履歴
(佐藤紀子) 揺り椅子にかけて返事をしてゐしが母はいつしか居眠りてをり
(くろ)五号室の白猫(はくべう)椅子にすわらせてもうかへるなといざなふ春夜
(紫峯)椅子の背にもたれて軽く目を閉じる十年前に罪やありなし
(飯田篤史) しあわせは簡単でいい春の日の椅子にゆられて海をめざせば
010:桜(82〜122)
(素人屋)五月の夜 うわっ、うわっ、と背伸びして星を盗んでいる桜の葉
(夜さり)風の手に髪を梳かれつ桜ばな浅妻船に光をこぼす
(ことら)乳房(ちちふさ)の冷えゆく真昼 千の手を伸ばす桜の白き闇往く
(くろ)祖母の手でならぶ桜煮(さくらに)桜飯(さくらめし)桜味噌(さくらみそ)はるの      ことばを食(は)みぬ
  (mamaGON)先駆けて大島桜の咲く道を今日も通りぬ遠回りして
026:垂(31〜59)
(五十嵐きよみ)今何を言いかけたのか帽子から垂らしたベールが吐息に揺れる
(島田久輔) 垂れ下がる前髪ゆえか日照の足らぬ蕾を抱えています
(愛観) 終わりなら自分で決める垂れ下がる雨の雫を撫で落とす指
027:嘘(29〜54)
(小軌みつき) あの嘘をそろりと注ぐその日からシャーレに増殖してた白黴
(なかた有希)囁きもからめた手も嘘この指の糸は空へとつながっている
(水須ゆき子)指たかく掲げて乱す風の道 嘘のつけない男は嫌い
(青野ことり) ひとつだけ嘘を許して見送れば 雨の匂いを連れてくる風
028:おたく(29〜55)
(小軌みつき) 届かない微熱のままの紙ヒコーキをなおたくしても夏雲ばかり
(飯田篤史)さみしさに花のふるなかさみしさになおたくさんの花のふるなか
029:草(26〜52)
(水都 歩)はふはふと息を切らして帰り来し老犬の毛に絡む草の実
(水須ゆき子)草の実を潰すがごとき容易(たやす)さに蜥蜴ころせば日脚また伸ぶ
047:辞書(1〜26)
(丹羽まゆみ)聖域のごとくまひるを静もれり書店の隅の辞書コーナーは
(ほにゃらか)いつしゆんに応ふる電子辞書をして賢き母をよそほひてをり
048:アイドル(1〜26)
(みずき)アイドルは爪立ち踊るからくりの人形我の心にもゐて
(丹羽まゆみ)本棚の壁に貼られしアイドルは微笑みながらけふを色褪す
(aruka) 夜のない石とガラスでできた都市 声を失くしたアイドルに会う
(かっぱ) 泣き顔が美しすぎてアイドルを愛し損ねたドラマが終わる
049:戦争(1〜25) 
(みずき) 戦争に耐へきし母の号泣か とほき羽蟻の我が耳に棲む
(草野つゆ)毎朝があたしにとって戦争だ 起床身支度満員電車
(春畑 茜)戦争に発てよと父の名を載せて届きし紙をわれは見ざりき
050:萌(1〜25)
(船坂圭之介)萌え出づる恋ひごころなど失ひてわれ七十の齢辿りつ
(丹羽まゆみ)廃線の線路に萌ゆるつくしんぼたどればそこにある春の空
(ほにゃらか)草も木も萌え立つ春のやさしさに手を合はせつつタラの芽を食む
051:しずく(1〜26)
(みずき)しづくする光の迷路たわたわと桜吹雪の渓へ落ちむか
(丹羽まゆみ)ひとつまたひとつと庭を打つしづく朝にミントの匂ひ散りばめ
(春畑 茜)清明の朝にしづくをふり零すをさなきものは黄の傘を手に
(飯田篤史)てのひらをにぎりかえしたはるのひのやさしいあめのしずくのなかで
052:舞(1〜25)
(ねこまた@葛城 ) 人知れず杜の奥にて諸手振り巫女舞い奉ず鈴の音清し
(みずき)舞姫のくるぶし細む三月の雪の幻想しまきし夕(よ)べは
(髭彦)舞ふがごとヒラリと門を友の母半月(パンウォル)の靴白く履き出づ
(春畑 茜)天狗舞はた花の舞かぎろひの春居酒屋にラベルを眺む