題詠百首選歌集・その16

 いつか書いたように、原則として30首くらい貯まった題から選歌しようと思っているのだが、このところなかなか30首貯まらない。根がせっかちなものだから、25首くらいのものを選歌の対象にしている場合もある。
 これまたいつか書いたように、難解な歌はどうも苦手である。「読むべき人が読めば、これは良い作品なのかも知れないな」と思いつつ、「私の理解を超えた」作品は選んでいない場合も多いが、「私の理解のレベルが低い」と思われたくもないので(?)、十分咀嚼できないままに選んでしまう場合もある。
 余計な独り言はさておき、「その16」をお届けします。


007:揺(153〜177)
 (つきしろ) 昼過ぎに起きてしまった日曜はあなたの胸で揺られていたい。
 (中村うさこ)縁側の揺り椅子にひとり本を読むかかる絵画のポーズをまねて
 (寺田 ゆたか)・動揺を見透かされたるここちして がぶりと飲んだ茶にむせかえる
 (内田かおり)ひとつぶの涙のわけを手にとれば幼き言の葉わずかに揺れる
008:親(150〜174)
 (癒々)17歳。親には言えない泥濁を、ぬるい風呂場で掻き回している。
 (湯山昌樹) 入学の書類四枚受け取りて一字ずつ書く 親にしあれば..
011:からっぽ(129〜155)
 (舞姫) からっぽの胃に泡盛をつめこんで父の孤独に近づいてみる
 (保井香)お弁当箱をお昼にからっぽにするためにだけとりあえず行く
012:噛(127〜155)
  (舞姫) ストローを噛むくせがなおらないことを若さのせいにするひるやすみ
(中村うさこ)孫のことなれば意見の噛みあひてデジタルビデオの品定めする
013:クリーム(116〜142)
 (飛鳥川いるか) 君ったらおもいがけなく笑いだすシュークリームが破れるように
 (凛)じゃがいもやにんじんお肉たまねぎと嫉妬も煮込むクリームシチュー
028:おたく(56〜83)
 (ワンコ山田)そらうみのあおがすきってきいたあときみのめのあおたくらみのいろ   (秋野道子)わが母はその姑に「おたくではいかがでした」と問うたと悔やむ
 (濱屋桔梗)僕に棲む「おたく」心を萌え覚ます パン屋の売り子の可愛い白衣
029:草(53〜81)
 (紫女) 草原に臥して訳詩を読みをれば栞代わりの夏の恋文
 (おとくにすぎな) 雪を呼びそうな口笛吹いて呼ぶ日向枯草色の子犬を
 (ワンコ山田)ランドセル投げてあずけたれんげ草あっちゃんの帽子どこに隠した
039:乙女(36〜63)
 (水都 歩)神楽舞う乙女の頬よ紅さして桜吹雪の宮の賑わい
 (五十嵐きよみ)父親に「乙女の祈り」のオルゴール贈られた日の私はどこに
 (原田 町)かつて在りし乙女心を探してる人形館のガラスケースに
  (愛観) 制服の若い悲しみ眩くて乙女峠のマリア聖堂
040:道(33〜60)
 (ハナ)道々に空を見上げてきたんだよおみやげに夏の雲あげようね
 (五十嵐きよみ)憎しみも愛もよく似たものだからこの感情の道なりにゆく
 (ドール)両側に並ぶ桜が青空で花咲く枝をふれあわす道
 (水須ゆき子)ひとつずつ足は動いて雨の日の歩道の先にまだ見えぬ星
 (おとくにすぎな) とんちんかんのとんは道頓堀のとん かなしい朝にラジオは告げる
041:こだま(26〜54)
 (遠山那由) 森の中枯木に耳を押し付けて僕の呼吸のこだまを聞いた
 (川内青泉) 親と子の心つながりこだまする娘と我は双子の姉妹
 (五十嵐きよみ)シャンプーをかえても耳にこだまするささやき髪が覚える手つき
 (水都 歩)後悔がこだまのやうに繰り返す日長いちにち伏せる雨の日
 (水須ゆき子)図書館の事務所の裏の踊り場に黴(かび)の匂いのこだま屯(たむろ)す
072:箱(1〜25)
 (まつしま)哀しみは小箱にそっと詰め込んだ滲んだままの青色インク
 (丹羽まゆみ) たんたんと日用品を箱詰めす持ち主だけがゐぬ病室に
073:トランプ(1〜25)
 (飯田篤史)やさしさとそのさみしさをトランプのようにならべてすぎてゆくはる
 (春畑 茜)この国のトランプ哀しミッキーとミニーが王と王妃を名乗る
 (水都 歩) 眠られぬ夜を紛らすトランプのひとり占いまた凶とでる
074:水晶(1〜26)
 (行方祐美)滑るほどにひかり満ちたり水晶盤みどり児を今ねむりに落とし
 (みずき)水晶の屈折秘むる胡蝶蘭月の欠けらを抱きて俯く
 (丹羽まゆみ)去勢され春を知らざる猫たちが水晶体にねむり映せり
 (紫女)駆け出して指濡らしをり五月晴れよりも眩しい水晶の雨
 (畠山拓郎) 明日のこと教えてくれる水晶があるならそれを知りたくはない
075:打(1〜25)
 (みずき) <打(ぶ)たれても>導く主へ裏切りのユダは晩餐絵図にくぐまる
(丹羽まゆみ)子の頬を打てば寂しきものとしてわが両脇に垂るる手のひら
076:あくび(1〜25)
 (行方祐美)真昼間のあくびは母より移りきて雲の名前を聞きたくなりぬ
 (船坂圭之介)噛みころすべきもの多くふたたびの春の陽差しのなかおほあくび
 (丹羽まゆみ) ぽかぽかとローカル線に運ばるる陽射しあくびを伝染させて
 (飯田篤史)そらのいろちいさなはるのやさしくてしずかなきみのつむじとあくび
 (川内青泉)教え子にあくびころして聞こうよと卒業式のマナーを話す
 (春畑 茜)生まれ来る欠伸を午後に噛み殺す あくびがひとり、あくびがふたり
 (animoy2)ようやっと君のあくびがくつろぎと感じられたる二年目の春
077:針(1〜25)
 (行方祐美)秒針をこの頃見かけぬ春となり明日の約束ひろう夕暮れ
 (まつしま) 今はもう過去とは知らずレコードに針があの曲なぞる優しさ
 (丹羽まゆみ)棒針に育つセーター菜の花の色の時間も編み込むやうに
 (飯田篤史)はるの日のボタンをとめるきみのてが針から糸へめぐるやさしさ
 (春畑 茜) 針刺しに針のひかりを立たせおく木綿の糸の紺をのこして