題詠百首選歌集・その18

 朝からの雨は上がったが、今日も底冷えのする一日。選歌集・その18をお届けします。


003:手紙(180〜206)
  (中村うさこ) 絵手紙の南瓜は紙をはみだして受け取りし吾(あ)の笑ひを誘ふ
  (眞木)書き上げた手紙をすぐに出したくてコートをはおる午前二時半
  (志岐)細切れに破ることすらできないで引き出しにいる君への手紙
  (今泉洋子)身の奧に深く蔵(しま)ひし手紙あり杳(とほ)きかの日の青き片恋
005:並(171〜198)
  (内田かおり)温もりは並べた肩をくすぐって三歳ふたりふつふつ笑う
  (矢野結里子)町並みはそこにそのまま何もかも変わり続けるわたしはひとり
(村本希理子) 燃えあがるアメリカ楓の並木道ともには歩めぬひとを見送る
(理宇) 人並みの女のやうな顔をした歌が詠みたい午前十二時
006:自転車(165〜192)
(新藤伊織)小さな風をひゅんとつくってまき散らす四月の朝の赤い自転車
(眞木)店の前に君の自転車があることを確かめてから立ち読みにいく
009:椅子(158〜184)
(寺田 ゆたか) ・古びたる椅子捨てかねて迷ひいる 幼き日々のおもひこもれば
(新藤伊織)ヴァイオリン奏者にも似て放埓な春を待てない猫脚の椅子
(なかはられいこ)ぱたぱたと折り畳まれるパイプ椅子みんなだれかの夢でできてる
(眞木)君の部屋にひとり帰れば長椅子の猫は降り来て我に纏わる
今泉洋子)受付の椅子の傾(かし)ぎに慣れし頃わがアルバイト期間畢(をは)んぬ
(David Lam) 「満足ね」妻ひとり言(ご)つ コルビジェの黒き椅子置く葬儀会場
(いちぼん) ため息を吐き出しながら沈み込む椅子とひとつになりそうな夜
014:刻(112〜144)
(中村うさこ)あるがまま愛せばなべて深刻に考へずとも余生は楽し
(瑞紀)疎ましき他人(ひと)の好奇を切り刻むレモンピールの香りは満ちて
(ふふふふふふふ)なんとなく意味わかるよ と息子が言う 時々刻々という四文字熟語
(市川周) ゆふぐれにクスリはきれる貸し借りのないうつせみで刻むあさつき
(保井香)時刻表どおりにやってくる電車 いつもどおりに乗る1両目
021:美(88〜118)
(くろ)独り居のひとりではない春夜なり美空ひばりが風呂から聞こゆ
(田丸まひる) 爪やすり探す真夜中 美しい動物として生きていきたい
ひぐらしひなつ)人でいることに疲れる 夜半あかく虞美人草を膝に咲かせて
(佐原みつる) 美しいだけの名前を真夜中に口を開いたポストに落とす
022:レントゲン(88〜117)
(やすまる)かたかたとレントゲン線を身で受けてひかりをひとつ明日へ送る
(まゆねこ)息止める数秒間の凝縮をレントゲン技師の声に解かれる
(佐原みつる) 降り注ぐ春のひかりを遮って爪先立ちのレントゲン室
(ことら)放射線技師との恋は秘密めきレントゲン車に春雨の降る
(芹澤京乃)「ここ、影があるでしょ、ほら」と勝ち誇り 白衣の獄卒 レントゲン指す
023:結(83〜112)
(松本響) 結ばれぬ運命だとは告げられず舌で転がす真っ赤なチェリー
(まゆねこ)結論をうやむやにして連れ添いし長年月が結論となる
ひぐらしひなつ)片方がゆくえを消したゆびきりをおもう二月の髪を結うとき
(水沢遊美)真っ白なシルクのりぼんで結びましょう 醜きこころ際立つように
044:飛(28〜56) 
(青野ことり) ひとりだけ上手く飛ばずに風の丘 紙ヒコーキは捨ててしまった
(野良ゆうき)飛ぶことをあきらめてから夕空は泣けるくらいになつかしい空
081:硝子(1〜25)
(しゃっくり)網入りの強化硝子の向こう側飛行機雲が左へ走る
(船坂圭之介)硝子体混濁のゆゑ見はるかす雲さへまさに鬼女のごとくに
(みずき)硝子吹く青年包む薄暮とふオランダ坂白薔薇の冷ゆ
(丹羽まゆみ)硝子から硝子へ時を移し終へ砂はしづもる厨の闇に
(春畑 茜)はつ夏の硝子のむかうAllegro(アレグロ)の風をひかりをゆく玄鳥(つばくらめ)
(aruka)透明な硝子でできた地球儀を星空みたいなきみが抱いてる
(畠山拓郎)若き日の苦い思い出よみがえる運河の街の硝子工房