題詠百首選歌集・その19

  今日からゴールデンウィーク。もっとも、仕事を離れた身にとっては、常の日と同じことだし、かつての開放感が味わえないのは残念なことだ。勝手な「ないものねだり」には違いないが・・・。
 選歌の対象になる在庫が大分減って来たので、この数日で在庫が増えることを期待しつつ、選歌集・その19をお届けします。


004:キッチン(183〜211)
  (落合朱美)つかのまの逢瀬は街の雑貨屋でキッチンツールを選ぶまねごと
  (黄菜子)キッチンにうつわを洗ふ夜の底ひとひのうれひを流しこみつつ
010:桜(150〜174)
  (癒々) くちきかぬふたりの合間の鉄板に黙って散っている桜エビ
  (なかはられいこ) ほどかれてしんと冷たいてのひらにしずかに満ちる桜の気配
  (今泉洋子)日の辻に男三人(みたり)を誘ひて歌会と銘打ち出羽桜呑む
  (村本希理子)春はやき胸に桜樹のひろがりて枝の先までともるともしび
030:政治(66〜91)
  (新野みどり)新聞の政治欄など眺めずに連載小説読み耽る夜
  (濱屋桔梗)表舞台追い落とされてうなだれて去りゆく姿 これも政治か
  (松本響) 雨降りのランチタイムにしたたかな恋の政治がうごきはじめる
  (小原英滋) つぎつぎと政治判断迫る夜スコンスコンと大根を切りぬ
031:寂(59〜83)
 (夜さり)寂寥の壁に言葉は跳ねかへる李朝青磁の壺のくらやみ
 (紫峯)約束を果たせば寂しカレンダー時空をつなぐ扉も開かず...
 (新野みどり)寂しくはないと自分に言い聞かせひとり電車で帰途につく夜
 (秋野道子) 失恋を水辺の街の片隅の寂れたダンス教室に置く
 (佐藤紀子) 暖かくほのぼのとして寂しきは薄紫の母の想ひ出
 (みあ) よもぎ摘む母の背中の寂しさを知るか知らぬか卯月の空は
032:上海(57〜82)
 (野良ゆうき) 路地裏に少年の居て上海のそらは四角い夢のすて場所
 (新野みどり)上海の地から流れて辿り着く雲が降らせる今日の粉雪
 (斉藤そよ)似合わないことばこぼれて手拭いでぬぐえばしみる上海ブルー
 (佐藤紀子)上海帰りのリルを見かけたキャバレーにアルトサックス聞きし夏の夜
 (菜の花の道) 上海を語るあなたが眩しくて恋歌ひとつ口ずさむ夜
050:萌(26〜51)
 (暮夜 宴)春だから(そんな理由でいいのなら)手足の爪を萌葱に染める
 (夜さり)青葉の笛・萌葱匂(もえぎにほひ)を忘れねば胸にとほ鳴る須磨の海風
 (ゆあるひ)芽吹く春草萌える夏枯れる秋何も無い冬何も無い我
 (ドール)萌え出ずる緑を少しずつ重ね描かれてゆく北国の春
 (秋野道子)萌黄色した半袖のセーターを母に選べばはつなつの街
051:しずく(27〜51)
 (スガユウコ) 「好きなもの選んでみて」と母に言い栗のしずくを探す店内
082:整(1〜24)
 (はこべ) 丹南にとき整いて翁舞い 能のはじまる雪の篠山
 (みずき)整ひし母の函よりありし日の単(ひとへ)と春の予感とりだす
 (春畑 茜) いちまいの鏡に髪の整はぬ四月の朝の混沌は見ゆ
083:拝(1〜25) 
 (はこべ)日想観拝みておりぬ弱法師 うしろ姿に夕陽が赤い
 (みずき)魂(たま)からむ糸の苦しさ拝んでも帰らぬ明日がまた絞めつける
 (丹羽まゆみ)手のひらの音を渡らせ拝む子の背に狛犬の視線やはらか
 (春畑 茜)崇拝のための弥勒の片頬を花時ひとり灯のもとに彫(ゑ)る
084:世紀(1〜25) 
 (行方祐美)新しき世紀も五年生き継ぎて桜のつぼみの柔さにおりぬ
 (船坂圭之介)ひたぶるに生きしよ二十世紀とふ一世(ひとよ)に悔いを多く残すも
 (春畑 茜)世紀より世紀へ渡るみづのうへ春のをはりを花散りやまず
085:富(1〜25)
 (船坂圭之介)ひとひらの恋を拾ひぬ富といふものに縁なき・・されど青春
 (みずき)慟哭の野を富ましめよ追憶は父に抱かれし揺籃のなか
 (ほにゃらか)夕焼けは富士の山をも薔薇色に染めてしづかに夜を溶かすらむ
 (丹羽まゆみ)木漏れ日をわれに落として春昼の空に富有柿(ふいう)の若葉ふれあふ
086:メイド(1〜25)
 (みずき) 咲きなづむ切り花を手にメイドなる時間を青きグラスに挿しぬ
 (春畑 茜) 雨に立つメイドの髪はぬれてをり枕辺の灯にひらく洋書に
089:無理(1〜25)
  (ねこまた@葛城) 無いものを出せとは無理というものよ色気も悋気もとうに品切れ
 (みずき)無理かさね逝きしは父かかげろふか耳に残れる秋の幽けし
 (ほにゃらか)「無理」といふ答へに何も見えぬ午後 やはらかくなれ まあるくなあれ