題詠百首選歌集・その20

 30首貯まった題から選ぶというルール(?)を一応作ってはいるのだが、このところ30首がなかなか貯まらない。何となく先を急ぎたい気もするので、30首にはこだわらず、今日は最後の題まで走ってみることにした。これからは、またはじめに戻って、在庫の貯まった題からボツボツと選歌して行くことになるのだと思う。
  終りの方の題になると、当然のことながらお馴染みの顔触ればかりが続くことになり、顔見知りの人の歌を選んでいるような錯覚に陥ってしまったりもする。逆にはじめの方の題の場合には、馴染みのない方が多く、それだけに新鮮な印象を受けることもある。その中に去年の題詠マラソンで馴染んだ方のお名前を発見すると、久々に知人にお会いしたような懐かしさ(?)を覚えたりもする。選歌に当っては、「作者」のことは念頭に置かないように心掛けている積りではあるのだが、意識しないままに、ついつい作者に引きずられてしまう場合も、あるいはあるのかも知れない。
  余計な感想はさておき、現在の貯まり具合からすれば暫く選歌はお休みにならざるを得ないのかも知れないと思いつつ、選歌集・その20をお届けしたい。


選歌集・その20

001:風(205〜230)
(寺田 ゆたか) ふうわりと優しき風を屋根にのせ赤き電車は春へと走る
(村上きわみ)よくのびた四月の腕にまきとられ風があまさを増してゆきます
今泉洋子) 花粉飛び風聞の飛ぶぬばたまの春夜聞ゆる青息吐息
(芹澤京乃)夏至南風(かーちばい)ものみな熔かす陽を連れてでいごの島に真夏来たりぬ
(桑原憂太郎)マアカアに彩られてゐる教科書の風に揺られし午後の教室
002:指(206〜235)
(村本希理子)はじつこに指紋のついたセロテープにて補修してゐる母子手帳
(美里和香慧) しろつめくさのくびかざりあむ指さきは白く幼い恋の約束
(いちぼん)こうやって開くんだよと傘を持つ幼子の手に指先添える
015:秘密(126〜152)
(瑞紀)オーブンにレモンケーキがふくらめり気泡の中に秘密を閉ぢて
(にしまき)秘密だといった時点で秘密ではなくなることを知る女子トイレ
(村上きわみ)雨ばかり降る町へゆき軒下に秘密そだてて暮らしましょうか
今泉洋子)萩吹雪そこで止みたる繋ぎ目に鳥獣戯画の秘密めきたる
033:鍵(56〜80)
(素人屋) お互いの半分ずつであることを。鍵の形に寄り添って寝る
(斉藤そよ)ひとりでにひらくとびらになったこと知らずに鍵をかくしあってた
(みあ)銀色の鍵が夕陽に染まるまで繰りかえされるけんけんぱっぱ
飛鳥川いるか)コンビーフを買つてしまつたゆふぐれの巻取り鍵がただいぢらしく
087:朗読(1〜25)
(みずき)朗読のあはひに見せし眼差しが我が愛着にピリオドをうつ
(春畑 茜)朗読のひとは去りたり照明に脚ほそき椅子ひとつ残して
088:銀(1〜25)
(丹羽まゆみ)絶え間なく銀の環を置きみづうみに春雪ゆゑのしづけさは降る
(春畑 茜)銀色のちひさき匙にかきまはす春の世界の果てのさびしさ
090:匂(1〜25)
(みずき)宿命か亡母(はは)の箪笥の小袋が匂ふ雨夜に母の年越ゆ
(紫女)雨匂う庭を裸足で歩いては若さを憎む向日葵となる
(ほにゃらか)あたたかき夕餉の匂ひする道をうた唄ひつつ帰れればよし
(丹羽まゆみ)消毒の匂ひただよふ夜の底に義母は五尺の身の背を伸ばす
(aruka)黄昏の昭和が匂う商店街 少年時代の父とすれちがう
091:砂糖(1〜25)
(ねこまた@葛城) 珈琲にふたつみっつと落とし込む砂糖のごとき甘い思惑
(みずき)ゆらゆらと砂糖の溶くる液体に秘めし憂ひの指(および)温めつ
(丹羽まゆみ)息を吐くやうに沈みし角砂糖みなもにはつか泡を浮かべて
(animoy2) 諍いて言葉少なに飲む紅茶いつも入れない砂糖をひとつ
(春畑 茜)甘夏と砂糖を煮つめゐる午後のこころにひらく遠きはつ夏
092:滑(1〜24)
(しゃっくり)滑ったら自分で茶化し取り戻すなにわの会話笑うてなんぼ
(はこべ)菜の花を左右に分けてゆくバスは 滑らかにわたる風をつれおり
(みずき) 携帯を滑りくるこゑ遠すぎて耳冷ゆるまで嗚咽した夜
(紫女)最後ゆえ壁に隠れてキスをする蔦の坂道夕陽が滑る
093:落(1〜24)
(まつしま) 落書きの中の真実みつけては喜んでいる手帳の隅に
(みずき) 落下する蝉と啼きだす身の洞が微熱をもちて過ぎゆく五月
(丹羽まゆみ) 真夜中の文字をいだきて封筒がポストの底に落つる音聞く
(animoy2)異国文字落書ですらアートだとひとりうなずくパリの地下鉄
094:流行(1〜24)
(丹羽まゆみ) 流行が流行を消し辞書にすら載らぬことばの残骸ばかり
095:誤(1〜24)
(はこべ)誤解とは疑心暗鬼が生むものと 知ったこの道夕焼け赤し
(みずき)誤解から見えぬ真実 告白のからむのみどへ泡雪の降る
(川内青泉)錠剤の飲み誤りがないように薬こよみを使い始める
096:器(1〜25)
(しゃっくり)百均の食器を求め飯を盛る山茶花の茎箸置きにして
(船坂圭之介) 迫り来る睡魔のなかに耳は聴く透析機器の無情の誹(そし)り
(みずき)いつぽんの器具と萎えゆく父の脚さすりし日日がうづく春光
(飯田篤史)おとのないうみをとおくにみつめてるはるのあなたはさみしい器
(ほにゃらか)<器量>とふ言葉は不思議 でかさより見た目ばかりが一人で歩く
097:告白(1〜24)
 (行方祐美) 告白は菜種の梅雨に聴くべしとだれが決めたや今日春の雪
(みずき)告白が代へし一生(ひとよ)の草むらが重たき水に冷ゆる今宵も
(ほにゃらか)告白も断罪もせぬ生き方を選べずにをり われはわれなり
(丹羽まゆみ)告白を机上にこぼしゆく唇(くち)のかたちを遠く遠く見てゐつ
(本原隆)それくらい君は一人でできていい告白という独り言する
098:テレビ(1〜24)
(ねこまた@葛城) 韓流のドラマ華やぐテレビより離れて活字の海へと潜る
(美山小助) 静まった 自宅に帰って テレビ点け 寂しさぬぐう 独りの食事
(行方祐美)テレビからプリンを薫らす街角のベーカリーきっと明日は晴れる
099:刺(1〜24)
(行方祐美)刺繍針からんと光る夕まぐれ破った手紙はもう戻らない
(みずき)ゆゑ知らず名刺をはらり受くる日の春のたまゆら風のふくらむ
(丹羽まゆみ)刺し進む針を追ひかけハンカチに子のイニシャルを閉づる色糸
100:題(1〜24)
(行方祐美) 題名を忘れたままに口ずさむ明日への手紙書けないときは
(船坂圭之介) 百題を詠み切りたれば春日なたゆるり夢路へ行かむこれより
(飯田篤史) 題名のないやさしさとさみしさをはるはぼくらをつつみこむだけ
(紫女) 旅立つ日きみが託した一篇の詩を口ずさむ無題のままで
(丹羽まゆみ)百の題詠み重ねたる時の間をさくらばな咲きさくらばな散る