「反米」ノススメ(スペース・マガジン6月号)

 例によって、月1度のスペース・マガジン(日立市で刊行されているタウン誌)からの転載である。



[愚想管見]  「反米」ノススメ              西中眞二郎


 最近、若い人たちの間に国粋主義的傾向が強いようだ。十分な歴史認識も持たないままに、サッカーの応援をしているのと同じ軽さで政治・外交を受け止めていることに危惧の念を抱かざるを得ないが、それはそれとして、もう一つ腑に落ちないのは、その「国粋主義」が近隣諸国に向かう場合が多いことだ。もちろん、現実に抱えている諸問題がそうさせるということなのだろうが、これら諸国は、単純化して言えば、歴史的には我が国が被害を与えて来た国々であり、これらの「被害者」に対して我が国側が「国粋主義的」な感覚を持つことには、さまざまな意味で問題があると思う。
 
 現在の我が国を取り巻く環境から見て、もし「国粋主義」を唱えるべき相手があるとすれば、それはアジア諸国ではなく、アメリカなのではないか。アジア諸国と異なり、我々はアメリカに対する一方的な加害者ではない。さまざまな見解があり得るとは言え、原爆にせよ、本土大空襲にせよ、沖縄戦にせよ、我が国の側が被害者だという一面を持つ。また、現在においても、正負両面で我が国はアメリカと深いかかわりを持つ。その最大のものは防衛であり、ある意味においては、戦後の占領体制がいまだに続いていると言えなくもない。現在「国の立場」を振りかざすべき最大の相手は、アメリカだと思う。
 
 「日米軍事同盟」に関し、昨今さまざまな動きがあるようだが、どうもアメリカ側には「自分たちが血と汗を流して、日本を守っている」という意識が強いようだ。彼等が本当にそう信じているのか、それとも戦術的にそのような言い方をしているのかは知らないが、アメリカ国民一般にそのようなムードがあることは事実だろう。
 しかし、本当にそうなのだろうか。第一次的な防衛だけなら、現在の自衛隊でも一応足りるはずである。日米同盟体制自体は是認するとしても、現在のアメリカ駐留軍は、日本防衛のためというより、むしろアメリカの世界戦略の一環としての存在という面の方が大きいと思われてならない。とすれば、「一方的に日本が守って貰っている」という負い目を感じる必要はなく、「アメリカの国際戦略のために基地を提供している」という強い立場で対米交渉に臨むことも、十分可能だと思う。場合によっては、「安保破棄」くらいのことをちらつかせて、日本側から「脅し」を掛けても良いくらいの関係なのではないか。


 そうは言っても、日米友好は我が国の国家戦略上重要な柱であり、現在のような「ブッシュべったり」は論外として、政府が露骨に反米的な主張をすることには難点もあるだろう。そこで出番があるのが、「国民感情」と「世論」である。「政府がそう思っているわけではないが、現在の世論からすれば、このくらいのことはやらないと内閣が潰れてしまう」という類のセリフを政府当局者が言いやすい環境を作るのが賢明な世論であり、ジャーナリズムなのではないか。そしてアメリカという国と国民は、我が国がそのような主張をしたとしても、それを受け止めるだけの度量を持っていると思いたい。そのためにも、感情的・国粋主義的でない醒めた「戦略的反米」の世論が高まって欲しいし、そのことによる適度の緊張関係が我が国の外交上の立場をずっと強くすると思うのだが、現状は言うべきことも言わずに、かえって世界の中で軽視されているような気がしてならない。(スペース・マガジン6月号所載)