題詠百首選歌集・その29

    題詠百首選歌集・その29


039:乙女(89〜113)
(小早川忠義)手芸店男ひとりの品選び乙女の顔となりて店出づ
(萱野芙蓉) 雲よりもかろき乳房か古典劇たわいなく愛に死にゆく乙女
040:道(86〜110)
飛鳥川いるか)わが影の少し濃くなる帰り道老樟の木と会ひしそののち
(中村うさこ)あぜ道に車座なして諭じをり蛍の川が甦る術
(あおゆき)道祖神去りし路傍に旅人の夢のまた夢こぼれておりぬ
041:こだま(80〜104)
(中村うさこ)さみどりの葉陰涼しき庭園に水琴窟のこだま愛(かな)しき
070:章(27〜58)
 (新井蜜)人生の最終章を迎えつつ焼きたけのこに醤油をたらす
(寺田ゆたか) ・ここにきて休止符もあり わが生の第四楽章コーダの譜面
 (斉藤そよ)いくつもの秘密あずかる湖の水しずまって森の断章
074:水晶(27〜57)
 (中村成志)濃密な闇に仰向きひそやかな草水晶を舌にころがす
(愛観) わがこころ水晶となれ ひび割れた傷の数だけ虹を抱えて
(寺田ゆたか) ・水晶の念珠つまぐる詩人(うたびと)の琴うた誦せば今し陽は落つ
075:打(26〜55)
(西宮えり) 日曜の折り目正しさひらひらと重ねて花火打ち上げられぬ
(濱屋桔梗) 打ち水とともに蒸発していった過去と未来に取り残される
(みゆ)からころと下駄の音唄うあの坂は打ち水恋し京都の小路
(あんぐ) 出る釘は打たれ続けてヒルズ族は北斗七星見つめていたよ
(澁谷 那美子) 吾が君を 打ちて責めたる 夜もありぬ 永遠を願ひし 絆断つべく...
076:あくび(26〜54)
(暮夜 宴) 掌で握りつぶしてあまりある空き缶・あくび・生ぬるい自我
(髭彦) 噛み殺すあくびもあればひと食ひし言の葉もあれ人生きをれば
(中村成志)寝転んで触れた砂から海たちのあくびをつづる声が染み込む
 (青野ことり) 言い訳をしたくないことひとつありあくびまじりの笑いに逃げる
077:針(26〜52)
(ゆあるひ)昇華したフタール酸は束の間の針状結晶の後に溶けゆく
(青野ことり) すんなりと通らなくなり針の穴 別の世界が邪魔をしている
078:予想(26〜50)
(暮夜 宴)20年先の予想はまず無理で1時間後のための口紅
(中村成志)予想より3秒長い沈黙を突きつけられて変えるシナリオ
079:芽(26〜50)
(中村成志)気がつけば黄緑の芽にかこまれた僕たちだけのはずの近道
(濱屋桔梗)じんわりと悪意が萌芽しつつある自身を騙すための微笑み