題詠百首選歌集・その33

 自分で勝手に決めた「適正在庫」(1題につき25首、10題)がなかなか貯まらない。歳とともに、老眼の度のみならず、せっかちの度も進んだようだが、まあ焦ることはないのでのんびり選歌しようと、我と我が身に言い聞かせている。

  
    選歌集・その33

001:風(257〜281)
(ハル)風吹けば風たちの歌生まれつつそうして春は脱線ばかり
(水野 華也子)白き根を曝されている風信子 切子硝子のモザイクかけて
(平岡ゆめ) 君と会う時に吹く風思いつつ麦藁帽子のリボンを結ぶ
(Harry)ころころと狗尾草のゆらぎゐてそれとは知れる風の抜け道
004:キッチン(245〜273)
(ハル)哀しいと言えずに母の腕の中幼き頃の春のキッチン
(瀧口康嗣) 明滅の続く星では道なりにキッチンがありスイッチもある
005:並(224〜249)
(春村蓬)シオコショウ並ぶしづけさ 肘高く新玉葱に塩をふりたり
009:椅子(210〜234)
(内田かおり) 雨の日の電車ごっこは部屋隅にありったけの椅子運ばれていて
(なまねこ) 理科室の机の上の椅子に立ち星座を造る 神のごとくに
(お気楽堂)凭れるは椅子の背だけと言いし人の詩集抱えて坂を上りぬ
015:秘密(179〜203)
(内田かおり)嬉しそうな目を合わせればクスクスと肩のあたりに秘密が光る
019:雨(161〜185)
(内田誠) 虹となる場所を探している雨が僕らを置いて夏を急いだ
(和良珠子)生温い水を含めば遡る最初の記憶は雨から始まる
029:草(132〜157)
(舞姫) 草もちに玉露が寄り添う縁側で孫は祖父母に都会を語る
(黄菜子)草はらに靴ぬぎて読む牧水のしらとり哀しうみやま哀し
(ヒジリ)よりみちは白詰草の花畑ランドセルの赤しみつくように
(なまねこ) 夏草にテトラポッドはうずもれて遥か未来の遺跡となりぬ
045:コピー(82〜106)
(新野みどり)パート譜をコピーしながら旋律を心に浮かべ合奏を待つ
(桑原憂太郎)停職になつたA氏の真相のメイルのコピイのまわる放課後
091:砂糖(26〜49)
(青野ことり) 丁寧に葉をひらかせるひとときにすみれ砂糖のちいさな欠片(かけら)
(あんぐ) 色恋は戦いだから珈琲に砂糖を入れて甘くしてみる
(寺田ゆたか)  ・所在なく氷砂糖をなめてみる妻の外出(そとで)の雨の日の午後
(愛観) 甘やかな記憶も醒めてがりり噛む氷砂糖の砕けた破片
099:刺(25〜49)
(春畑 茜)秋の日の画鋲が壁に刺さりゐてあるいは死後のごときしづけさ
(ゆあるひ)若き日の我の嗜好に従って母は刺身を用意して待つ
(暮夜 宴)はつなつの空のてっぺん突き刺した さよなら僕のロケット花火
(小早川忠義)祖母の手に鉛筆削る肥後守刺すを知らざる刃の鈍き色