題詠百首選歌集・その38

 梅雨明けはまだのようだが、すっかり暑くなった。選歌集、在庫不足で暫く休業せざるを得なかったのだが、やっと在庫が貯まって来た。もう少々在庫がありそうなので、次回はそれほど間をおかずに御披露できるのかも知れない。


      題詠百首選歌集・その38

006: 自転車(242〜267)
 (ひらそる) わたくしの金魚がぷるぷるないたからあなたに逢いに自転車を漕ぐ
(岩井聡)薔薇でできた自転車漕げば血まみれのふるさとはもう通話圏外
(長岡秋生)自転車はもう捜せずに夕闇に昨日と違う樹林を抜ける
(佐藤羽美)前輪がかすかに軋み自転車はあなたを乗せた海猫になる
008:親(226〜251)
(白辺いづみ)おみなごを親へと育て放ちけり水を孕んだ分娩室は
(長岡秋生)親になれば強くなれるか恋人は白桃の皮をしずかに剥きおり
013:クリーム(197〜221)
(もりたともこ) 雨やまぬ梅雨の真中にケーキ食む すこし塩っぱいバタークリーム
cocoa) 実存は虚空に膨れ上がりたるシュークリームの如き夏雲
(岩井聡)裏切りは旅路の長さシェービングクリームまみれの月が震える
(わたつみいさな。) 傷つけた償いもせず傷ついたものも癒せずクリームをぬる
033:鍵(141〜166)
(星桔梗)鍵付きの日記帳には書き記す隙間も無くて空白の過去
034:シャンプー(135〜161)
(なまねこ)せっけんをシャンプー代わりに泡立てる なげやりな日は暮れて濃紺
(黄菜子) 無防備に首さしだしてシャンプーをさせる裸の背にも親しむ
(砺波湊) きみどりのメリットシャンプー掌(て)にとりて わたしの長所を考えている
044:飛(110〜136)
(村本希理子) うさぎ毛の飛行帽にておほわれた耳は<只今留守にしてます>
(村上きわみ)飛ぶものの背骨にふれたゆびさきを真夏の胸にあずけてねむる
(末松さくや) 飛ぶ夢の続きの朝は冷えた手で肩胛骨にさわってほしい
045:コピー(107〜135)
 (里坂季夜)用済みのコピー紙の束両腕に夢の骸は案外重い
(みにごん)目を伏せてコピーを頼む最初から無かった事にしている月夜
046:凍(103〜130)
(萱野芙蓉) 不凍湖の名をよみあげる部屋ぬちにぬるき雨おと青うすめゆく
053:ブログ(79〜103)
(小籠良夜)廃屋の隅よりひそと発信すウェブログなる闇の日綴り
(富田林薫) 真っ白なブログページにこんにちは初めましてと書きしるす午後
064:百合(55〜80)
(澁谷 那美子)白百合の想ひ出綴る白萩の こひうた愛(かな)し古への文..
(David Lam)水無月は隠微な恋の季節(とき)なりや薔薇百合ともに濡れそぼち咲き
(鈴雨)笹百合の万葉の名と知り初めて にわかに我が名いとしくなりぬ 
065:鳴(53〜77)
(David Lam)はかなきは真夏午睡の夢逢瀬 雷鳴近きを恨み窓閉ず 
(日下智世)浴衣着る練習している昼下がり風鈴チリンと一度だけ鳴り。