題詠百首選歌集・その42

 2日間のパックツァーに参加して、中部山岳方面に行って来た。初日の新穂高ロープウェイは、霧に閉ざされ視界ゼロ、翌日の乗鞍・畳平は好天に恵まれ、槍や穂高の連峰も一時望めた。その午後、上高地の明神池を散策し、往復7キロ近い行程を堪能したものの、古希近い身には少々応えたのも正直なところだ。帰って体重を計ってみたら、1キロ減量になっていたのは、幸せというべきか。
 
余談はさておき、選歌集その42。


047:辞書(110〜134)
(そばえ) 初秋の辞書を引くとき思い出すやわらかな雨がふっていたこと
(佐田やよい) 潮の香を探し続ける一人旅あなたの辞書を抱きしめ眠る
(小太郎)かたことの言の葉ぼくら持ちよって埋もらせてゆく明日色の辞書
048:アイドル(114〜138)
(日下智世)店跡にチョコレート食むアイドルのポスター色褪せ過ぎし日想う。
(ひらそる)ぽっちゃりで笑うのだけが得意な子ものまねだけでアイドルになる
(くろ)学生のころのアイドルなど訊きて五歳のひらきをはかりてゆけり
049:戦争(109〜133)
(末松さくや)戦争がはじまる前のしずけさはどこからどこまでなのか教えて
(市川周) ばけもののような雲です戦争を知らない猫がねむる八月
(萱野芙蓉) 入り組んだ連鎖たどれば戦争の加担者だらう梨食むわれも
(田丸まひる)戦争をしているときの目だねって覗きこまれているキスの後
050:萌(102〜126)
(空色ぴりか) 海からの風を受けとめ黙々と留萌の丘で風車が回る
(佐田やよい) 萌えだした春の香りにつつまれて指が孤独をさがしはじめる
051:しずく(104〜132)
舞姫) したたりおちるしずくのなかにふくまれたきみの弱さをだれもしらない
(睡蓮。)眠れずに花びら開く白百合の月の視線にしたたるしずく
(萱野芙蓉) 水底にしづく愁ひを喰ふゆゑか蟹のはさみの鋭(と)くねぢれたり
(幸くみこ)水着からしたたるしずく 合宿の朝には忘れる打ち明け話
(田丸まひる) 前髪から落ちるしずくも拭えずに同じ話を聞く あと何度
(みち。)しずくにもなれないものをたれ流す あたしが生きるいいわけとして
(佐田やよい) ささやきがしずくになっておちてくるグラスに恋をそそいでいます
052:舞(102〜128)
(萱野芙蓉) 死にたれば魚は水に還るのか銀のうろこは逆さに舞ふか
(方舟)篝火も消えて果てたり薪能舞の余韻の覚めやらずあり
(田丸まひる)末永くしあわせになるあなたには残暑お見舞い申し上げない
島田久輔)暑中見舞い貰いしままに押し込めた想いがえらぶ絵葉書を買う
076:あくび(55〜79)
(五十嵐きよみ)目ににじむ涙をあくびのせいにする負けずぎらいの君が愛しい
(遠山那由)君といる安心または退屈を描いて消える小さなあくび
(鈴雨)顔よりも大きいあくびして猫はヒトへの連鎖たしかめている
(紫峯) 炎天を自室に戻り出るあくび日傘の骨をポキポキたたむ...
(みの虫) 百歳(ひやく)近き父のあくびの吸ふ息に越前海月細りつつ消ゆ
077:針(53〜78)
(花夢)うつくしい夜にかぎってレコードの針が壊れてうまく泣けない
(智理北杜)羅針盤が未来を指した もう二度と明けない夜の帳が下りる..
(David Lam) 針のごと別れの言葉待ちいしが君が「さよなら」猶もやさしく
(素人屋) 夕食の空気の和み薄皮に針刺すように子は席を立つ
078:予想(51〜75)
(五十嵐きよみ)こうなると予想はできた半分はあきらめながらときめいている
(原田 町)予想想定定期期待待ちぼうけ照る照るぼうず作ってみても
(智理北杜)ポアンカレ予想もついに解けたという あとは私の存在理由...
(David Lam) 自惚れの予想裏切り置手紙 硝子のむこう猫だけがいた
079:芽(51〜75)
  (寺田ゆたか) ・酔ひやすくなりゆく友の病の芽育ちゐたるを吾ら気づかず
(遠山那由)信じるに足る明日などないけれどさっき芽生えた安らぎを抱く
(日下智世)花の芽が大きくなるを見て少しあの冬の日を遠く感じる。
(鈴雨)あの夏の想いを吸いし朝顔のたねは五(いつ)とせ経て芽吹きおり