題詠百首選歌集・その45

 在庫が少し貯まって来た。相変わらず、迷いながらの選歌を続けている。なお、70の「章」は、まだ在庫が15しかないのに、錯覚して選歌してしまった。どうせ自分が勝手に作ったルールなのだから、そのまま載せることにしたい。

       題詠百首選歌集・その45


031:寂(163〜188)
ひぐらしひなつ) 寂しさを言いつのられて真夜中の受話器に蔦が絡みはじめる
(長岡秋生)寂しさに口説かれながら睡蓮が手放してゆくむらさきの空
(黒田康之)寂聴の得度を上げし中尊寺晩夏の蝉は愛欲に鳴く
041:こだま(134〜162)
(ひらそる)大輪の花突き破り旅客機はこだまを残し闇にまぎれる
今泉洋子)たははなるこだま西瓜を雨洗ふ市となりし村を汽車は過ぎゆく
(黒田康之)離別とはこだまのように訪れてビル群にただ落日のある
ひぐらしひなつ)返らないこだまを待てば爪の先からゆうぐれの水にのまれる
042:豆(133〜159)
(ことら)珈琲豆専門店の麻袋並ぶ冷たき石倉で会う
(そばえ)ひよこ豆たっぷり入れたシチューにて死んだ仔猫を弔う夕べ
今泉洋子)花豆の畑の上の雲白くそうめん旨き夏は来にけり
ひぐらしひなつ)そら豆を剥くたびおもう裏切りという名のひかり知った日のこと
043:曲線(136〜160)
内田誠)流された飛行機雲が曲線になって一筆書きのさよなら
(佐藤羽美) 恐怖とはゴッサム歯科の老医師が震える手で持つ機具の曲線
055:頬(113〜139)
(幸くみこ) 理科室で頬を打たれた夏の日の リノリウムの青あなたの白衣
(田丸まひる)選ばれないなんてわたしはゆるせない頬にあかるい薔薇色のせる
今泉洋子)梅の香をふふむ風吹きすれ違ふをみなの頬を赤く染めたり
056:とおせんぼ(108〜133)
(末松さくや) とおせんぼされるあいだは向き合っていられた帰らなくてよかった
(ぱぴこ) とおせんぼだらけの街で削られた空を忘れるために働く
(里坂季夜)陽焼けした腕いっぽんのとおせんぼ乗るはずだった電車が行った
(幸くみこ) ゆく道を「私なんて」がとおせんぼ 今日は便器を念入りに拭く
舞姫)とおせんぼするほどかわいくなれないししないほどつよくなれない夕べ
065:鳴 (78〜102)
(凛)寂しさが鳴いてるような声がした 見たくもないけどテレビをつけた
飛鳥川いるか)海鳴りを切り裂くごとく疾駆せり飛騨ナンバーの赤きフェラーリ
(野良ゆうき)手にとったセミの死骸は鳴き声を残してきた分軽くて重い
067:事務(79〜104)
(紫峯) 高層の事務所の窓に海ありて夕陽に赤く燃えて落ちゆく...
(ワンコ山田)事務服のままで窓から見上げては右側涼し打ち上げ花火
069:カフェ(76〜100)
(素人屋)この町に初めてできたカフェ&バーが100円ショップにリニューアルする
(鈴雨)おもいでのカフェすでに無き浅草をまだ木婚のふたりして往く
飛鳥川いるか)遠き日に片恋ありき ほの蒼くほむら立ちたるカフェ・ロワイヤル
佐藤紀子) 原宿の欅並木のカフェテラス青葉の色の風に吹かれて
(ぱぴこ)守るべき約束もなく雑踏のカフェで決意を迫られている
(野良ゆうき) 西日差す路地裏カフェのマスターと話したことも夏の思い出
070:章(86〜101)
(おとくにすぎな)「印章の店」に犇めく夕焼けにたったひとつのなまえをさがす
(ワンコ山田)八月の日差しが重い泣きそうで喪章喪服の波にまぎれる
(末松さくや)それぞれの序章は同じ ふりむいた角度の誤差がひろがっていく