題詠百首選歌集・その51

 昼食の会合と夕食の会合があり、雨の中を出掛けた。その間の時間潰しに、神田の岩波ホールで、「紙屋悦子の青春」を見る。昭和20年春の極限状態の中に、ユーモアも感じる佳作。黒木和雄監督の遺作という。
 余談はさておき、選歌集・その51。


019:雨(211〜235)
   (わたつみいさな。) もう雨のせいにしないでいいですか 泣くも笑うも転んだわけも
  (あいっち)心には時効などなく冬の雨降れば会いたくなるひとがいる
   (究峰) 大陸の匂ひもあるや海の香を含みて原に秋雨が降る...
  (けこ)噛み合わぬこと噛み合わぬままにして 傘はひとつの雨の夕刻
037:花びら(162〜191)
  (今泉洋子) 吐息まで花びら色に染まりつつ桜前線わが街を過ぐ
  (湯山昌樹) ひまわりの花びらの形は炎なり ややよじれつつ盛夏に燃える...
  (ひぐらしひなつ) 花びらを脱ぎ捨てて屹つ一輪として痩せこけた胸を晒せば
  (あいっち)散りてゆく花びらに似しかたちして消えてゆきたり夏夜の花火
052:舞(129〜154)
  (内田誠)結晶になった祈りが沁みこんだ弱い僕等に粉雪が舞う
  (今泉洋子) 永かりし夏の扉を閉づるごと仕舞ひ終へたり麦藁帽子
  (村本希理子)半音づつ踏み外しゆくいにしへの舞曲に秋の靴を捨て去る
062:竹(103〜129)
  (内田誠) 最終のバスを乗りつぎ風の音をあつめる人と歩く竹林
  (ひぐらしひなつ) 滅びゆく集落を背に鳴り止まぬ竹の葉擦れをただ聴くばかり
  (水須ゆき子)竹馬が得意だったと痛風の足をさすりて舅黙しぬ
  (方舟)里山の竹伐りだして七夕の願ひを吊す老人クラブ
063:オペラ(105〜132)
  (中村うさこ)オペラ果て昂ぶるこころ秋風に委ねブロードウエイをあゆむ
075:打(81〜105)
  (彼方)狸寝の私の横でほとほととメール打つ音 雨の香がする
  (今泉洋子)雷神が雷鼓(らいこ)を打てば建仁寺の闇にひろごる金の秋風
076:あくび(80〜104)
  (おとくにすぎな)動物園じゅうのあくびをゆらゆらとあつめて雲にうまれたつばさ
  (富田林薫) あくびする仔猫をひざに抱きかかえ眠りの森へのチケットを買う
  (ワンコ山田)私小説書く勇気なく昼下がり犬のあくびに付き合っている
078:予想(76〜100)
  (ワンコ山田)台風の進路を予想する記事の半日遅れを責める雨樋
  (野良ゆうき) さりげなく予想を超えて加速した夏の背中を見つめるふたり
098:テレビ(50〜74)
  (ふしょー)スイッチを切ったテレビの真っ暗な画面に映る二人の本音
  (はるな 東) 午前五時時計がわりのテレビつけ味噌汁の具を迷う一分
  (彼方)お互いの顔を合わせぬためにだけテレビ見ている似た者夫婦
100:題(50〜74)
  (ふしょー) 題詠の魔物を知った二年目の百首を並べブログを閉じる
  (五十嵐きよみ) 百題を詠み終えていま聴くならばドン・ジョヴァンニの「シャンパン・アリア」
  (びっきい) 片方の眉を剃り落としたことが問題なのだ 親の死よりも