題詠百首選歌集・その55

 10月上旬も終りが近付いた。投稿のペースも少し上がって来たようで、私もそろそろエンジンの回転を上げなければならないようだ。

     
      選歌集・その55


006:自転車(268〜292)
(小春川英夫) 駅前の駐輪場で自転車は夏の暑さをやり過ごしてる
(野田 薫)自転車の部品で夏を組み立てて全ての車輪は海辺を目指す
(水風抱月)誰よりも我が脚となる自転車の名を付け名を呼びまた風を狩る
(大辻隆弘)くろがねの鎖に無垢の自転車を緊縛したり、朝がさむくて
(御厨しょうこ)自転車の荷台に乗せていた歌は風にさらわれ鴉が食べた
027:嘘(190〜216)
(蝉の声) 軽き嘘を重ねるように透き通るもの幾枚も着る夏おんな
(林本ひろみ)何もかも嘘ですからと微笑んで見上げた空に傾いた月
029:草(183〜207)
(新藤伊織)露草をしぼった青い絵手紙を送る 今年も暑かったです
(内田かおり) 草の実をほぐして皿に入れながら習ったばかりの歌口ずさむ
(林本ひろみ)草の葉が波打つ丘で夕焼けを握りつぶせば降りてくる夜
032:上海(187〜211)
 (わたつみいさな。) 上海に決めた理由もあやふやで …花びら千切る占いがすき
(大辻隆弘)上海に堕ちゆくといふ幻影のかぐはしかりし頃の祖父(おほちち)
(まほし)「上海の夜景がみたい」という君の吐息に羽田の流星ひかる
042:豆(160〜184)
(つきしろ)入相の光の中に落ちてありし花豆三つを誰も拾わず
(萌香) 豆を挽くコーヒーミルの音さえもよそよそしさを隠せない午後
(フワコ) ひよこ豆のサラダもさもさ食べながら求人欄をチェックしており
043:曲線(161〜186)
ひぐらしひなつ)そらすときその背が描いた曲線が燕を呼んでいると思った
(黄菜子)ゆく夏を惜しむごとくにおおぞらに曲線えがく鳥影の差す
(堀 はんな)緩やかな曲線作る坂道を登れば君の住む町に着く...
(わたつみいさな。) 曲線をえがく仕草で君を待ち抱かれていない夜をかぞえる
(黒田康之)故郷への道は必ず曲線でカーブミラーはどこにでもある
(内田かおり)絵の中で伸ばした腕は曲線をなしてたくさん風船を持つ
(寒竹茄子夫)しろがねの曲線なせる雪の飛騨あらくさのごとき淋しさに堪ゆ
084:世紀(79〜104) 
(お気楽堂) 世紀末跨いでみればこれまでと変わらぬ日々が繋がっている
(おとくにすぎな)「二十一世紀」と名乗りそこなって新種の果実ひっそり熟れる
(市川周)二十一世紀は君の死ぬ世紀いにしへの梨しゃりしゃりと食む
(瀧口康嗣) 人間の空を見ているいくつもの世紀を越えた嘘が涼しい
今泉洋子)かならずや終(つひ)の日の来る今世紀秋のページをそよろにめくる
085:富(77〜104)
(みの虫) オキュパイドジャパンの刻印したがへてコーヒーカップに富士山にほふ
(ワンコ山田) 富士山に雪 不器用な指急かし訳有りコートのボタンを替える
今泉洋子)後半の生加速する初秋(はつあき)を「富松うなぎ」に昼の酒のむ
086:メイド(77〜103)
(素人屋)メイド・イン・ジャパンのラベル切り取って「夏の旅行のおすそ分けです」
(佐原みつる) 秋葉原から私鉄へと乗り換えるメイドカフェには行かないままに
087:朗読(77〜102)
(おとくにすぎな) 月光はまだ肺のなか 朗読のマイクの向こうもう暗くなる
(松本響)貝殻の中で少女が朗読をはじめる朝に水撒きをする
(ぱぴこ)教室をうねる朗読ちかづいてふれてはなれる伊勢物語