題詠百首選歌集・その56

        選歌集・その56


009:椅子(260〜284)
(究峰)硬き椅子に座りて歌を詠む夜に野分の風がカーテンを揺らす...
(minto) 椅子の位置少しずらせぱ窓際の君の席から明日が見える
(杉山理紀)真夜中の椅子を奪って遠くまで 発光を待つ夏の海辺に
036:組(172〜196)
(和良珠子) 父に似ず粗い骨組み いつか旅立つ子は海の匂いを放つ
(萌香)雑踏に紛れてそっと腕を組むこのまま消えてしまいたい夜
(大辻隆弘)朝ほそく降る秋雨に立ちぬれてふたたび我を呼ぶ組織あり
050:萌(152〜176)
(如月綾) あの時に彼女が着ていたワンピース 春とは萌黄色のイメージ
(透明)萌える香と書きモカという名を持った彼女を思い出させるコーヒー
060:韓(136〜161)
(まゆねこ) 韓流の宮廷女官の物語ひとり観ている土曜の夜更け
(わたつみいさな。) 韓流の風もどこ吹く風でありあたしにあたしの風がふく(はず)
(瑞紀) 遊牧のをみな想ひをつづれ織るキリムの色は韓紅(からくれなゐ)に
072:箱(102〜126)
(松本響) 跳び箱の踏み切り台で深呼吸しているような告白以前
(ハナ)いつかまた箱から出してくちづけるさよならまるいほうのわたくし
(水須ゆき子)小さき稲架いくつも並び箱庭の田も稲刈りを終える虫の音
(みあ) プライドと虚栄ばかりを詰めこんだわたしとう名のちっぽけな箱
(夢眠)下駄箱に手紙忍ばす純愛を経験せずに女になった
073:トランプ(104〜129)
(田丸まひる) ふれることゆるされるならトランプを切る不器用な指のささくれ
(きじとら猫) トランプの札を配ってゆくように配属される新入社員
内田誠)美しい指先が切るトランプのせいで秩序が乱されてゆく
074:水晶(107〜131)
(水須ゆき子)週末の体育倉庫に降りつもる水晶(あるいは少年の足)
(田丸まひる)きみの目の水晶体をすり抜けるいちばんきれいなものになりたい
(Harry) こはごはと水晶玉を覗き見るのこり少なき未来であれど
(砺波湊) 水晶を磨き損ねたとき残る曇りのような笑みが消せない
内田誠)見抜いてはいけない嘘である夜は優しい熱をくれる水晶
088:銀(76〜100)
(David Lam)銀色の雲遠く在り蕎麦の花ちまちまちまと白く咲き揺れ
(野良ゆうき)今はなき銀行の名が書いてある地図をひろげて歩いてみたり
(岩井聡)銀幕にたばしる傷を雨と呼べば今を余生と濡れるか椿
(遠山那由) 空高く銀色の雲たなびいて背中が知ったひとりの寒さ
(ワンコ山田)探偵と助手がすべてを見抜いてた凶器が銀の燭台の頃
今泉洋子)抱一の銀空間に風出でて尾花の上の宙(そら)を舞ふ蔦
(佐原みつる) 坂道を行く自転車は銀色で薬指から指輪を外す
089:無理(77〜101)
(野良ゆうき)無理をした笑顔がとても悲しくて直視できない夏のひまわり
(おとくにすぎな)無理数無理数を足すそれぞれがそのままでいるそういう答
(ぱぴこ) 私には無理だと気づく気づくたび大人になったような気になる
090:匂(77〜104) 
(本田瑞穂)このところおもいださせる匂いがあって顔のほうから歩きはじめる
(Harry) つぎつぎとこぼれ種より増えてゆく匂ひスミレは雑草(あらくさ)に似て
(ぱぴこ) 路地裏の秋刀魚の匂い町じゅうに知ることのない日常がある