題詠百首選歌集・その58

   選歌集・その58


045:コピー(161〜186) 
(わたつみいさな。) コピー機にはりついたまま動かない泣ける場所さえ見当たらなくて
(瑞紀) 考への巡らぬ今日はコピー機のあをき光を浴ぶる日とせむ
(内田かおり) 走り出す瞬間の笑みをコピーして園服のポッケに仕舞っておこう
046:凍(157〜182)
(みずすまし)サヨナラの あとで見上げた帰り道 凍てつく月がおぼろに揺れる
(新藤伊織)心底の殺風景を凍らせてあなたの部屋に送ります、今
(寒竹茄子夫)凍雪にひとの香もなくみちのくの僻村淋し夕星(ゆふづつ)ともる
(フワコ) 凍裂の音を聞き忘れてきたの北の森へと還る言い訳
(林本ひろみ)凍りつく心をとかすすべもなく見えない棘をさがす指先
(内田かおり) これ何とつまんで見てた凍み豆腐世界をひとつ広げて食べる
(大辻隆弘) とかしたる豚肉をまた凍らせて深秋の日の昼餉を終へつ
057:鏡(140〜164)
(新藤伊織)結い髪を合わせ鏡でととのえてあなたに消化されにゆきます
(如月綾) 手鏡で寝グセを直すフリをしてあなたのことを見詰める車内
(瑞紀)万華鏡の真中に迷ひ込むらむかモスクの内に立ち尽くしをり
(にしまき)無防備な朝の鏡をねめつける泡いっぱいの歯ブラシを手に
058:抵抗(140〜164)
(新藤伊織)めぐりゆく季節に抵抗するように道路におちた蝉がないてる
059:くちびる(142〜166)
(黄菜子) くちびるをはつかに開き秋篠の技芸天女はひそと息せり
(林本ひろみ)くちびるにただ触れていく秋の風夕日の色に染めてください
(瑞紀) 図像なきジャーミーにゐてなにゆゑか弥勒菩薩のくちびる思へり
(堀 はんな)もの言えばくちびるの傷疼くごと寡黙の人で今日を過ごせリ...
061:注射(132〜156)
(遠藤しなもん)そうまるで人体模型 路線図のどこに注射の針を刺そうか
062:竹(130〜157)
  (黄菜子)竿竹を売り来し車呼び止める人なき路地をゆるゆると行く
(まゆねこ) 若竹煮ほどよく炊けて夫を待つと風よ今宵は東に吹け
077:針(106〜132)
今泉洋子)縫針で縫つてあげたしゆふばえのすこし気になる空の綻び
(田丸まひる)きみの好きなひとがやさしいことくらいわかる運針ゆびでたどれば
(方舟) 明朝の秋晴れを期し釣り針の仕掛け整ふ老眼鏡に
(きじとら猫)どこまでも樹々の緑が深すぎて二度と出られぬ針葉樹林
(わたつみいさな。) 今はもう傷つくこともないけれどあなたが刺した針ならわかる
080:響(103〜128)
(萱野芙蓉) 響きとはかたき胸処になきものを野を傾けて秋草震ふ
(里坂季夜)リッケンの開放弦を響かせて立つひとに吹く風の眩しさ
(佐藤羽美) 鐘の音が響き渡って異次元のドアは再びまばたきをする
(睡蓮。)くちびるをそっとうなじに這わされて遠くで響く打ち上げ花火
092:滑(77〜103)
(素人屋) 滑らかに身をくねらせてのたうって・・・みみず死にたり朝の舗道に
(Harry) 丘陵にきつねやたぬきの住まひたる岩滑に生れし新美南吉
今泉洋子)秋の夜のブラックホールに滑り落ち左右対称(シンメトリー)崩えし私の肉体(からだ)