題詠百首選歌集・その59

        
         選歌集・その59


031:寂(189〜213)
(林本ひろみ) ひとり野に立つ寂しさがここちよく関わることの重さを思う
(内田かおり) 夕暮れのひどく静かな保育室寂しげな眼のママの絵もあり
(大辻隆弘)寂かなる秋の陽ざしと思ふとき手を延べて砂をはらひ呉れたり
(けこ)寂寥の 降って積もって囲われて凍えておりぬ 遠き鐘の音
051:しずく(159〜184)
(Harry) 樹樹よりのしづくがときをり屋根をうつ伊豆高原は雨のちくもり
(あいっち) 君の吹くホルンの音は何いろのしずくにならむ夏空のもと
063:オペラ(133〜157)
(shall3)湖岸から 雨去る風に 吹かれつつ オペラハウスは 静かな調べ
(村上きわみ) 泣く人と泣かない人が寄り添ってゆうぐれはソープ・オペラのように
(新藤伊織) 告白をするつもりです 出来すぎたオペラ観にいくくらい容易い
064:百合(134〜158)
(黄菜子)変わらないものなどは無い百合でさえ黒ずんで散る夜のしじまに
(瑞紀) オレンジの花粉を床にこぼすのみ百合の雄蕊を落とす真昼間
065:鳴(130〜155)
(きじとら猫)運命が身体の脇をすり抜ける鳴りそこなったシンバルひとつ
(瑞紀) 声高におのれを語る人のゐておざなりに聞く 遠く雷鳴
067:事務(130〜154)
(黄菜子)日は昇りまた日は沈む 事務的に生きるもよろし老い果つるまで 
(瑞紀)大通りの店も事務所も閉ぢらるる午睡の街をゆるりと歩む
(透明) 事務的に処理されていく記念日の花束少し俯いている
082:整(101〜127)
今泉洋子)けふ知りし「整斉花冠」をいくたびも空(くう)に書きつつ身に蔵(しま)ひ込む
 (萱野芙蓉) 整うた貌がいくつもわらひをる人形館のながき黄昏
(きじとら猫)今はまだひとりにしといて欲しいから「調整中」の貼り紙をする
(あいっち)あたらしき季節が来ても整わぬ心を連れて秋を見に行く
094:流行(78〜103)
(みなとけいじ)流行の靴で飛び去るひと達に影ありていま夏去らむとす
(おとくにすぎな) 公園にべつの名まえをつけるのが流行りはじめてそのあと春が
(かっぱ)流行の最先端を脱ぎ捨ててきみのでっかいセーターを着る
(空色ぴりか) とりあえず流行色の服を買い今年も冬がはじまっていく
095:誤(76〜102)
(上田のカリメロ) 誤りは二度とくりかえさぬことと言われて思う恋のはじまり
096:器(77〜102)
(みなとけいじ)深緑の窓のけはいに見つめられいずちに置かむ胸の消火器
(David Lam)食べて寝てそれだけの日だつた今日は夕餉の器やけに眩しい 
(ワンコ山田)肉体は哀しき器壊れゆくただ輪郭は少女と呼ばれ
(空色ぴりか) 食器棚の奥から出てきた思い出のジノリのカップをまたしまいこむ
(佐原みつる) 木曜の雨は降り止むことがなく冬の器を満たしてしまう