題詠百首選歌集・その60

  富士5合目の紅葉を見るという日帰りのバスツァーに行って来た。紅葉は多少見えたが、5合目では白い霧に完全に閉ざされ、上の方は全く見えなかった。どうもこのところ旅の天候には恵まれない。日頃の心がけが悪いのか・・・。いささかくたびれて帰って、選歌に掛かる。

   
     選歌集・その60


034:シャンプー(187〜212)
(Harry) 子がひとりでシャンプーできるやうになり親の役目はひとつ終はれり
(フワコ) 少しだけ言いすぎたかもしれないなシャンプーの泡たっぷり立てる
(浅井あばり) 手のひらで深海魚めくシャンプーを映し鏡は曇りもしない
(鳴井有葉)シャンプーが毎週違う中3の少女ほのかなバリアを持てり
035:株(186〜211)
(内田かおり)ひと株のきゅうりの苗を植え終えて土だらけの手を子ら笑い合う
(まほし)その傷はもう切株になりました。年輪に立ち星を見てます。
(けこ) 主なき犬小屋の脇 一株の青き紫陽花 露帯びて咲く
(赤い椅子) 新しき隣人なれば誉めくれし蘭の株さっそくすそわけをする
047:辞書(160〜184)
(透明)愛だとか恋だとかいうページ避け辞書に挟んでおくクローバー
(あいっち) 靴下も辞書も片付けないままの床に寝転びメールを送る
(寒竹茄子夫)古書月光に天文の辞書あがなふも人偏ひしめく陋巷に在り
(大辻隆弘)しろき腋みせつつ辞書を引きいだす少女ありたり書架の谷間に
049:戦争(159〜184)
(つきしろ) 戦争は終わりを告げる トーストがこんがり焼けたその日の朝に
(ヒジリ)「わたしたちいなかったかも」と戦争の話をしたのははじめてでした
(和良珠子) 夢見てるだけかもしれず戦争の終わりと始まりのほんの隙間に
(ゆづ)戦争をしらないぼくらは当たり前みたいに明日を信じて生きる
066:ふたり(132〜158)
(あいっち) 妹とふたりで飲みに行くときの運転席はいつでもわたし
 (わたつみいさな。) いつまでもふたりでいるならそのために何度なみだをながせばいいの
(村上きわみ) 川底をくすぐる水のおさなさによく似て、とめどなくふたりきり
(小太郎)コスモスが揺れる離島で僕達はふたりぼっちで秋風になる
(ケビン・スタイン) 向日葵の種にふたりで乗ってゆく 夏の終わりの小さな島へ
(寒竹茄子夫) かつて渚にふたりの光(かげ)が溶け入りし陽炎の海渡れる燕
068:報(131〜155)
(新藤伊織) 報告書提出期限が過ぎさってやや肌寒い朝の味噌汁
(小太郎)木犀が報せる秋を吸い込んで振り向く君が今日のひだまり
(まゆねこ)予報では明日は晴れなり速くなり遅くなりする雨垂れの音
069:カフェ(127〜153)
(きじとら猫) 均衡を保てぬ夜が怖いからプース・カフェなど飲めないふたり
(黄菜子) ゴッホ描く「夜のカフェテラス」その蒼き空の高さよ寒露のきょうは
内田誠) 海鳥がすべての嘘を持ち去った海辺のカフェに朝顔が咲く
(林本ひろみ)不ぞろいな椅子を選んで席につく隠れ家みたいな屋上のカフェ
(瑞紀) 君ならば「カフェ・コン・レチェ」と言ふだらうBAR(バル)に夕陽のまぶしかりけり
(新藤伊織)カフェラテを頼めるような恋をしています泣くのはあれでおしまい
(まゆねこ) 木漏れ日のゆれる都心のカフェテラス人待つことに心揺らぎて
070:章(127〜155)
(内田誠) 終章と序章がふいに交差する真夜中過ぎの飛べそうな空
(わたつみいさな。) 「第2章」そろそろ怪しい雲行きが気になるふりで爪をとぎます
(村上きわみ)ながきながき終章の末夕刻をふみぬくように逝ってしまえり
(瑞紀)購へる赤き葡萄を安宿で食ふ断章のごとき一粒
(フワコ) 三楽章ロンドが始まる答えなどとっくに出ていることも知ってる
081:硝子(104〜129)
(Harry) 網入りの硝子の窓の向かうには2cm角に区切られし空
(きじとら猫) 絶望と孤独を抱え歩き出す曇り硝子の向こうの未来
(桑原憂太郎) 硝子窓に額押し付け疲れたと高機能自閉の生徒つぶやく
(幸くみこ)食堂の硝子に向かって味噌汁を飲み干す男の毛糸のチョッキ
(癒々) しめやかな溜息だけを透過して小部屋の硝子窓はふるえる
097:告白(76〜100)
(みなとけいじ)青の部屋にひかり斜めに挿し入りて告白の後の腕を掴めり
(かっぱ)告白はあしたに延期 今日もまだそんなきれいな月じゃないから