題詠百首選歌集・その61

  数日前までは、在庫が25貯まっている題が少なく、貯まった題を発見するとほっとしたのだが、さすがに昨日あたりから在庫が増えて来た。最後の「100:題」も、やっとトータル100首に達した。締切りまでの週末もあと1回だけだから、当然のことなのかと思う。
  もう一つ、これまでは正直に言って採りたい作品があまりない題もあったのだが、今日の場合、好きな作品が多く、落とすのに苦労するという面もある。満を持しておられた実力派が追い込みに掛かったということもあるのだろうか。考えてみれば、無理をして数を絞る必要もないので、自然体で行くしかないのだろうとは思っている。

 
    選歌集・その61


083:拝(105〜138)
今泉洋子)出征の息子思ひて祖母(おほはは)が日々拝(おろが)みし青幡神社
(Harry) 拝啓と書いてもあとがつづかない電子メールに慣れ親しみて
(かっぱ)ばあちゃんの背中が曲がっているのはね きっとぜんぶを拝んでるから
(あおゆき)拝んでも祈りはしない 火の芯は熱く静かに隠されている
(里坂季夜)服のまま拝むかたちで眠るひとの横顔しろく撫でる満月
(黄菜子)月拝の夕べとなりて海のもの陸のものらはいのち育む
(幸くみこ)手を合わせ拝んで顔を上げるのは薄目で皆を確かめてから
(みあ)えぞりすの秋は何かを拝みつつひたすらにただどんぐり齧る
084:世紀(105〜136)
(空色ぴりか)新世紀が始まる年にめぐり逢い今年も一緒にお月見をする
(きじとら猫)滅亡を宣告された世紀末あまりに長い余生を過ごす
(田丸まひる) 世紀末につながっていた右手とはちがう右手の指を噛む朝
(水須ゆき子)半世紀その大凡は戦禍だと金婚式の義父は言いけり
(黄菜子)世紀越え伝うべくこと少なからずヒロシマナガサキそしてアウシュビッツ
内田誠百度目の桜が散った今世紀最後の春の雨があがった
(寒竹茄子夫)世紀寒(せいきざむ)鮭(しやけ)の切り身に捧げたる胃の腑一塊みづみづしかり
(まほし)今世紀最初の日食告げる記事そしらぬ顔で朝陽がみてる
085:富(105〜136)
(田崎うに) その空に望めなくても富士見坂 樹海ばかりがひろがってゆく
(空色ぴりか) 富山行きの特急に乗る何もかも抱きしめたままただ唐突に
(斉藤そよ) 月見草ならぶ道ばたただいまと言えば夕桃色の蝦夷富士
(水須ゆき子)あの枝は風の骨だと夫が言う 富有柿とは冬の柿なり
(きじとら猫)助手席の君の寝顔にささやいた「窓の向こうに富士が見えるよ」
(みち。) 大富豪するのも飽きて一匹の魚に戻り夜にくるまる
(寒竹茄子夫) 酒色に富む街は木枯らし遠くきて目(ま)守(も)る冬雲突き抜けて天
(わたつみいさな。) 名声と富の争奪戦があり季節はずれの風鈴が 鳴る
(フワコ) 富士山が湾の向こうにうす青く見えるとどうして嬉しいんだろう
(幸くみこ)桃色の富士を見上げてそれぞれの背中は朝陽にほぐされていく
086:メイド(104〜132)
(田崎うに)マッチ売る少女のように見えた娘はメイド喫茶のチラシを配る
(空色ぴりか) メイド付きの暮らしになじめきれぬまま一年過ぎし海外赴任
(萱野芙蓉) メイド・イン・メヒコのビールらつぱ飲みしたりし夏のにごりなき空
(田丸まひるマーメイドスカートの裾なぞられて息つぎなんて忘れてもいい
(方舟) メイドゐし海外派遣の勤め終へ家具も入らぬ社宅に戻る
(みち。) ぴったりのものになれない夜が明けオーダーメイドのスーツが燃える
(里坂季夜)梢見上げハンドメイドの万華鏡まわせば崩れ立ちあがる秋
(睡蓮。)空想で時にはメイドのような服着せられてみる脱がされてみる
内田誠)泣いているあなたがオーダーメイドした雪の匂いのハーブを混ぜる
(まほし) ページから友の月日が馨り立つハンドメイドの歌集をひらく
087:朗読(103〜131)
(末松さくや) 星空をふたり朗読するように自転車ひっぱりながら坂道
(かっぱ)朗読が終わったあとの教室に溢れるほどの夕焼けはさす
(上田のカリメロ) ラジオから流れる声の朗読に ある日の午後の色を見出す
(田丸まひる)スイッチがあれば切るのにあなたたちのぬるい朗読みたいな喧嘩
(あおゆき)焦点を結びきらない歌抱えつつ近松を朗読する夜
(水須ゆき子)朗読の速さで紡ぐ睦言の 肩の裏から月が見えるよ
(黄菜子) 「おたよりを紹介します」と告げてより朗読はじむ午後のアルトは
(あいっち) 友だちがチェロを弾くから聴きに行く宮澤賢治の朗読の会
内田誠)遠くからおとぎ話の朗読が風に聞こえる冬のはじまり
088:銀(101〜130)
(斉藤そよ) 銀色の軌道はゆがみひとまわりとおまわりしてまわる天空
(上田のカリメロ) 時が経ち黒ずむことも美しさ 人の世に似たそんな銀色
(空色ぴりか) 銀座にはあまりに光がありすぎてシリウスさえももう届かない
(水須ゆき子)指先に銀のとんぼを留まらせて回せば風の子ども集まる
(黄菜子) 約束の駅近づいて耳たぶに確かめている銀のイヤリング
(里坂季夜)前の惑星(ほし)の職場は週休四日制 金銀土日がお休みでした
089:無理(102〜128)
(理宇)死ぬまでは死なずにいてはくれまいか無理にとまでは言わないけれど
(空色ぴりか)君の背中に無理しないでねとつぶやいてみる絶対に聞こえぬように
(水須ゆき子)おたがいに無理をするのが好きだからあなたとわたし一緒に暮らす
(里坂季夜)あしたあしたすべてはあしたそれまでは無理も道理も丸めておこう
(フワコ) この寝癖直すなんて無理だよといばって納豆ご飯食べてる
(睡蓮。)触れたなら許してしまう無理矢理に奪われそうなくちびるさえも
098:テレビ(75〜103)
(みの虫)決議案に立ち直るごと挙る手よテレビの中に世界が動く
(ワンコ山田) 柵越しに足元煙るテレビ塔ニュースも煙(けむ)に巻け麒麟
(佐原みつる) あのひとは結局どこへ行ったのかテレビの中に澄み渡る空
099:刺(76〜103)
(やすまる)ほころびを紮げた有刺鉄線がとげのひとつから絞り出す花
(みなとけいじ)刺すものも刺さるるものも柔らかに肉の冥きを湛へてをれば
(おとくにすぎな) 刺繍糸かぼそい場所にくぐらせてひかりをふくむことばをつづる
(素人屋) 真っすぐに帰る背中を送る朝 刺すようにただ雨降り続く
(佐原みつる) 取り立てて言うことはなく玉子かけご飯に刺身醤油をたらす
100:題(75〜100)
(松本響)夏休み最後の日でも宿題は明日にしよう おやすみなさい
(岩井聡) 原題になくてもさようならとつけた映画は川の音がしていた
(素人屋) 掌編にあなたがつけた題名は薄々知っていたさようなら
(David Lam)終わるのはいつも秋だ,と独り言ち 『最後の恋』と記す題名 
(寒竹茄子夫) 無題の詩稿祖父の書棚に黄ばみたる鬱屈の季(とき)は若くして過ぎし
(富田林薫) 題名をさいごにつけてめをとじて 仔猫のおはなしこれでおしまい