題詠百首選歌集・その62

      選歌集・その62


033:鍵(192〜216)
(林本ひろみ)くちびるに銀色の鍵をかけているあなたにだけは言えない言葉
(内田かおり) がちゃがちゃと鍵を回して靴脱いで携帯片手にままごと続く
(浅井あばり)夏みかん剥き終えるとき鍵束を鳴らして午後の青年が去る
(大辻隆弘)鍵穴といふ暗がりにひとすぢの光を挿して開かむとしき
(象と空) 新しい鍵をくださいわたしにも秋の入り口閉まっています
048:アイドル(165〜189)
(もりたともこ)きっかけを探す土曜日なんとなくテレビつければアイドルが泣く
(新藤伊織)国民のアイドルになる動物はきまってどこか寂しげである
(透明)アイドルのつもりになると「くしゅん」って可愛いくしゃみが出せるんだって
(内田かおり)転んでも起きて走った3歳は拍手の中でアイドルになる
052:舞(155〜179)
(萌香)不確かな存在意義に立ち尽くす光と影の舞う雑踏で
(透明) 花のように雪が舞うから美しく別れを告げてしまいたくなる
(瑞紀)ランドセル背負ふ子と見るその先にわが道を行く舞舞螺(まひまひつぶり)
(寒竹茄子夫)冬ざれの笹原にひとり包まれて粉雪舞ふ音(ね)六腑に沁みる
(林本ひろみ)さびしさを抱きしめたまま立つ庭に夜のかけらが舞い落ちてくる
(あいっち) 古代とう時代の風を知りたくて古代舞曲のアリアを聴きぬ
(まほし) 落ち葉舞う道は港のように暮れ紫煙は北へ汽笛を鳴らす
071:老人(131〜157)
(黄菜子) 足病みて転がるように老人になってしまいぬ気強(こわ)き母も
(わたつみいさな。) 公園のベンチに座る老人の視線の先にただ空があり
(あいっち) 信号は青に変わりて老人と犬がふたりの速さで渡る
(村上きわみ)地上みなあまねく古りて冬空の低きところに座す老人星(カノープス
072:箱(127〜151)
(砺波湊)菓子箱に「こちらビツクリ箱です」と どこから見ても祖父の毛筆
(瑞紀)宛先のなき返信を書き終へて撫子色の筆箱を閉づ
(村上きわみ) 重箱のまったき黒をかなしみて描かれし三つ追いの沢瀉
(まゆねこ)ばあちゃんも子らもあの日のままにいる箱根の旅のビデオの中に
073:トランプ(130〜156)
(林本ひろみ)トランプをまた切りなおし並べてくこれが最後の恋でもないのに
(寒竹茄子夫) トランプの絵札の賑ひほどの宴奔放なクィーンに風切るジャック
(小太郎) 初恋と気づいて買ったトランプが色褪せぬまま眠る引き出し
074:水晶(132〜158)
(あいっち) たばこ屋と米屋でありし店のまえ水晶米の看板残る
(フワコ) 水晶の宮殿だって見ちゃったと今朝の燕がわたしに告げる
090:匂(105〜130)
(凛) 秋の日の雨の匂いが網膜に君傷つけた僕映し出す
(方舟) 金木犀の花は匂いをそのままに玄関前を敷きつめてをり
(桑原憂太郎)吸ひ殻を拾つて歩く放課後の女子更衣室にはコロンが匂ふ
(寒竹茄子夫)牡丹雪匂へる初夜の膚(はだ)愛(かな)し古陶の壺に「無」が挿してある
(睡蓮。) 思い出はふとしたことで蘇る例えば空港ロビーの匂い
091:砂糖(105〜129)
(田丸まひる)氷砂糖ひとつぶ舌にとけるまでは聞くねあかるい未来の話
(寒竹茄子夫)夏あかとき蜩(かなかな)はじめて啼きたるに砂糖零れし卓の謐(しづ)けさ
(フワコ) 根生姜を砂糖でことこと煮詰めてる取り残されたような秋の日
093:落(100〜124)
(村上はじめ) 落下する夕陽に背中そむけては乾いた喉をビールで満たす
(空色ぴりか) 道ばたに(なぜか)眼鏡が落ちていて日がな一日気になっている
(黄菜子) 転落の夢おおく見るこのごろは朝の鏡に眉つよくひく
(寒竹茄子夫) 青眼の巨漢仔犬にしたがひて落暉(らくき)の花野を肩に載せ来(く)も
(まほし)青光る線香花火の玉落ちて目覚めたら秋千色の窓