題詠百首選歌集・その63

 いよいよ大詰め、最後の週末が近付いて来た。私も多分忙しくなるのだろう。完走者の方は目下のところ120人弱だが、最後には何人くらいになるのだろうか。多いことを期待しつつ、一方では「余り多いのもかなわないな・・・」という怠け者の身勝手な気持がないわけでもない。

   
      選歌集・その63


010:桜(257〜281)
(けこ) ふるさとの我が学び舎の坂の上 枝垂桜とともに古る母
(香山凛志)桜から葉桜になるまでの日々  鳥は叙情のかたちに群れる
(宮沢耳) 境内に植ゑ替へられし桜木の秋冬春夏ふたたびの秋
(千)神田川沿うて溢るる夕桜東京が好きと思い初めにき
075:打(135〜159)
(林本ひろみ) 打ちつける雨に目ざめて庭に出る心の雨おと満月の空
(フワコ) 多分いま小人も月光浴してる打楽器だけが月夜に響く
(翔子) 鰯雲残照の空乱れ打つキーのごとくに散り消えてゆく
(ケビン・スタイン)五線紙に屋根打つ雨を書き写す 時を切り取るこのノクターン
076:あくび(131〜158)
(新藤伊織)雨ざらし校舎で諭す先生に虹色あくびをお見舞いします
(瑞紀) みどりごの小(ち)さきあくびが病院の待合室にほわり伝播す
(村上きわみ) 月の下あくびをうつしあいながら長いお散歩などいたしましょ
(フワコ) 先生の板書の音と水泡のようなあくびの午後の教室
(大辻隆弘)ほら君があくびしたからもう午後の授業はなかばほど過ぎ去つた
077:針(133〜161)
(透明)約束は仮縫いに似て気を抜けば待ち針で手を刺したりもする
(遠藤しなもん) 不器用な針はかくしておきました 恋をしたてのヤマアラシです
(村上きわみ)つくづくとひかる縫い針うけとめて木綿豆腐の生真面目な白
078:予想(127〜154)
(如月綾)あの頃に描いた未来予想図の運命の人はあなたじゃなかった
(まほし)この冬の蛍日和を予想してまぶたの水は枯らさずにいる
(林本ひろみ)予想などできない道を歩いてるでも終点はみな青い海
(究峰)ことごとく予想が外れ無力さを隠して歩く秋の山道...
079:芽(128〜155)
(癒々)冷めたゆびがそっとうなじに触れるのでもう一斉に芽吹いてしまう
(まほし)<あきらめ>の四文字にアキとメと見つけ秋に芽生える草木を想う
(村上きわみ) おみなごにさみしさ凝る真夜中の白湯にひとさじ溶く麦芽糖
080:響(129〜157)
  (内田誠) 寂しさが出口をさがし響きあうひとりに慣れた夏の夕暮れ
(フワコ) 会堂にまだコラールの残響がころころこぼれて踏みそうになる
(村上きわみ) ゆっくりと秋をつないで吊り橋はひとりひとりを響かせている
(島田久輔) 響きあい通じあうもの感じつつ踏み出すわけにはいかない一歩
(究峰) 台風の傷跡なるや屋根上に響く工事の音に目覚める..
(大辻隆弘) 石榴の実はじくる頃か、見あぐれば空かはきつつ秋は響かふ
(ことら) 天蓋に雨音響く 誰もみな胸にひとつの丸椅子を持つ
092:滑(104〜128)
(理宇)新緑の滑り台から降りる子がペンギンのよに腹這いになる
(黄菜子)滑らかに人は老いゆく千一夜前頭葉を震わせながら
内田誠)夕暮れが近づく君の住む町へ常滑川を渡る自転車
(遠藤しなもん)滑り台みたい するする背中からたくさん光がこぼれる月
094:流行(104〜131)
(田崎うに)帽子まで流行色の街並に刷られたばかりSALEのチラシ
(萱野芙蓉) 地名にも流行りあるらし なにがし台などとな呼ばれそ太郎右衛門野
(凛)流行の先取りをしたこの冬は一人苦しむインフルエンザ
(水須ゆき子)聞かれても答えられないことばかり流行眼(はやりめ)の子とタオルを洗う
(まほし) 流行に染まらずにいる黒髪を秋の木蔭がみどりに染める
今泉洋子) めくるめく記憶の中の流行歌うたへば過去がわつと満ちくる
(翔子)指先が不思議にくねる腰までも流行歌手の蔦裾模様
095:誤(103〜128)
(田丸まひる誤爆した言葉が宙を舞う もっと 近くにきても いいよ 秋冷
(水須ゆき子)できるだけ誤訳しながら抱きしめる夜明け帰りの猫の言い訳
(桑原憂太郎)誤答にもレベルのありてエンマ帳に各設問の評価を記す
(透明) 幸せは片目を瞑り守ってく解かないままの誤解を抱いて