題詠百首選歌集・その64

        選歌集・その64



011:からっぽ(258〜282)
(香山凛志)過去形で語るな秋を からっぽの身体のままでベランダに立つ
(大辻隆弘)からつぽのペットボトルを振りながら日ざしにかざす秋のはじめは
(まほし)地下鉄の風は何味? からっぽのキャラメル箱をからから鳴らす
(minto)なにもないビルの谷間にからっぽの空間ありて底抜けの晴れ
(千)会いたくもない人と会い共感もなくからっぽの相槌を打つ
016:せせらぎ(234〜259)
(大辻隆弘)せせらぎの周縁を踏み草ぐさの占めたる界へいざなはれゆく
(平岡ゆめ)せせらぎに顔を浸しているようなあなたの夢の顛末を聞く
(瀧村小奈生)かあさんの体内をゆくせせらぎの光を追って眠る病室...
025:とんぼ(218〜242)
(香山凛志)竹とんぼやがて落ちなむ一人なることを深めて咲く曼殊沙華
(青山みのり)秋天にいともたやすく吸われたる子のたましいを呼ぶあかとんぼ
(瀧村小奈生)完璧な球にしたくてとんぼ玉まわしつづける炎の縁で...
053:ブログ(156〜180)
(林本ひろみ)ブログには書かない思いを書きつづるやがてはすべて燃やすノートに
(くろ)ブログにも温度がありてへいねつのブログにけふも一首かきこむ
(けこ)芸として嘘に長けたるブログ書く人が背中をまるく屈める
056:とおせんぼ(159〜188)
(村本希理子)とほせんぼする子がゐない昼下りどこにも行けない道を見守る
(ことら)とおせんぼする笑い声そのままに奪ってしまいたかった五月
(まほし)とおせんぼされてる明日に手を伸ばすように螺旋階段のぼる
081:硝子(130〜158)
(まほし)てのひらで硝子の鳥をあたためて飛ぼうと誓う蒼い夜明けに
(橋都まこと)異人館 窓の硝子は波打ちて揺らめく景色は過去へと還る
(翔子)涙だけ少し青くておどけてる天を指さす硝子のピエロ
(象と空)硝子戸に男女の影が映り込む冬には冬の歪んだ記憶
(大辻隆弘)天窓の硝子が砂に汚れゐてひかりは遅く床まで届く
082:整(128〜156)
(癒々)たくさんをコンマの後に引き連れて整数などにはなれずに歩く
(わたつみいさな。) なけなしの母性愛などかき集めヒトの形に整えている
(フワコ) 寝室の整理箪笥の引出しを閉め忘れた日は猫が寝ており
(みあ)整理したはずのあの日をふと想う金木犀の香るゆうぐれ
(村上きわみ)北辰はふかぶかと冷え天空に整えられる冬のきわまり
  (翔子)さよならを言ってしまえば不整脈消える不思議さ蒼く爪塗る
(ケビン・スタイン) 背表紙の高さで本を整理した君しか知らぬ「坊ちゃん」の位置
(もりたともこ)散らばったものをぽつぽつ整えて冬のおとない諦めて待つ
096:器(103〜127)
(寒竹茄子夫)鮎焼いてともに食らはむうつしみは闇わかちたる哀しみの器(うつは)
(ぱぴこ)覚えたてらしき絵文字が不器用に微笑んでいる母の返信
今泉洋子) 七つ屋に臓器さへある現世(うつしよ)に睫濡して彼岸花咲く
(黄菜子) 傾きし器ぞわれは身のうちにいびつのたねを深くいだきて
(橋都まこと)愛用の楽器ひとつを遺したるひとに代わりて手入れする午後
(瑞紀)しなへども時には脆き人といふ器をそつと抱きしめてをり
097:告白(101〜125)
(末松さくや)公園のそばを電車が通るたび告白はもう白い息だけ
今泉洋子)告白も出来ないままに中天(なかぞら)に二重虹たつ白秋の朝
(桑原憂太郎)告白をこくると言へり生徒らはいとも容易く想ひを告ぐる
(斉藤そよ)告白のなかみはうすく晩秋のすすきのはらがもみ消してゆく
(みち。)告白を何度も何度ものみこんで幸せっぽい日々にまみれる
(黄菜子)意味もなくカップのふちをなぞりつつ予定調和の告白を聞く
100:題(101〜125)
(空色ぴりか)憂鬱はしんと静かにまぎれこむ食べ放題のレストランにも
(佐原みつる) 夜明けには少し間がある書き上げた譜面に未だ題名はない
(桑原憂太郎)二学期に苗字の変わつた女生徒は題名の無ひ作文を書く