題詠百首・選歌集その4

雪も降らない暖冬だと思っていたら、このところ寒い日が続く。我が家の狭い庭の杏も、はやばやと三分咲きになったと思ったら、いつまで経ってもそのままで、そのうちに風に吹かれて散り始めた。残った花芽も一向に花を持たない。どういう結末になるのか判らないままに、時たま庭を眺めているところだ。


   題詠百首・選歌集その4

003:屋根(113〜137)
(佐原 岬)屋根づたいタマはデートに行くらしい受験控えた僕のため息
佐藤紀子)屋根を打つ夜更けの雨の音を聴く 桜の花も濡れてゐるべし
(ワンコ山田)投げ上げたボールはきみに落ちてこい名前を屋根に何度も叫ぶ
(庄司庄蔵) 屋根の向こうトンビが鳴いているあたりみどり児の名はまだ浮かんでこない
(睡蓮。)白壁にオレンジ屋根が絵のような雨のハイデルベルグに一人
004:限(96〜121)
(水口涼子)限られた光の中を生きる君 紫陽花に傘さしかけながら
(萌香)もうすでに交わす言葉も限られていつも何かを伝えきれない
(佐原みつる) 刻限が近づいている 南から北へと抜けるざらついた風
(みずすまし) 張り裂ける限界超えた心にも 細き雨音ゆるゆると沁む
(小早川忠義)限られし言の葉たちを摘み上ぐる歌詠みの夜の目の冴えゆけり
(末松さくや)悪ぶってみるのも不慣れ ささやかな呪いは制限速度を保つ
(振戸りく)2限目の選択国語は4組の君の机をなでつつ受ける
(大辻隆弘)見限つたあとに未練がやつてきた青鷺の背に空が傾く
006使(53〜81)
(奥深陸)25時携帯ゲームの死天使が語る稚拙な救世手順
(素人屋)使うはずないひと言を爆弾のように抱えて今逢いにゆく
(春畑 茜)使はるるその身の上に鵜は吐けりのみどの魚も美濃の真水も
(長岡秋生)あのひとを抱く夜の指をひそやかな川の流れのごとく使えり
飛鳥川いるか)「円周率の日」を過ごしをり天使像の幽閉されたる美術館にて
007:スプーン(51〜75)
(しろ)スプーンレースのスプーンのうへで跳ねてゐる光の粒が春へいざなふ
(野良ゆうき)スプーンの背(せな)に世界を映し出し炭酸水をかき混ぜてみる
(百田きりん)柄の長いスプーンからのひとくちを聖なるもののように受け取る
(春畑 茜) 三月の雪ふるあしたカフェオレの匂ひのなかにスプーンがまはる
(千)穏やかでぬるき会話にスプーンでひとさじ毒をぐるぐる混ぜる
(本田鈴雨) スプーンの重みをさえも感じる日そらの鈍いろ凹に集める
(中村成志)朱に染まる指のくぼみをスプーンにしてすくい取る根まじりの雪
(夏実麦太朗)角砂糖ティースプーンに二個乗せるまったりしたい甘口の午後
(田丸まひる) スプーンで圧される乳房 あと何年泣き顔似合うままでいられる
013:スポーツ (1〜26)
(富田林薫)きえてゆくスポーツ選手のみぎかたにモンシロチョウはしずかにとまる
(yuko) フライングしてしまいそう三月のつぼみスポーツ公園の桜
(小埜マコト) 限られた箱の中から抜け出せず情事はきっとスポーツになる
014:温(1〜26)
(ねこちぐら) 恋しきは草の臥所に空の屋根君の腕の温もりひとつ
(船坂圭之介)早みどりのなか燃えさかる陽に遭ひぬ原は弥生といふ温かさ
(ふしょー) スウェットにぼんやり残る温もりと匂いを洗う日々の安心
(髭彦) 手の熱き吾妹の足の冷たくてわが足をもて時に温む
(治視)温もりを感じていたいときだってあるってことを知ってるくせに
(原田 町) 温室にカトレアさまざま咲かしめてきみは余生をひとり楽しむ
(富田林薫)公園のひえたベンチでいつまでも着信履歴を温めていた
015:一緒(1〜27)
(ねこちぐら) どこまでも一緒と頬を抱き合う六千年の骸の愛慕
(稚春)あと五分帰らないでね今だけは一生一緒に居て欲しいんだ
(はこべ) 通り雨降りこめられてビルの中あのとき一緒の君に会いたし
(髭彦) 料理をば一緒になせるをのことて吾妹の母のわれを褒め呉る
(本田鈴雨) せつなきは「一生一緒」のコマーシャル ヒトとアヒルの寿命想いて
(小春川英夫) いつまでも一緒に土星の影を見るために駆け落ちできる年頃
016:吹(1〜25)
(みずき)吹き荒ぶ風の攫ひし恋歌を鳴らす五月の雨の音階
(髭彦) 常なれば春待つこころ育みし木枯らし吹くを冬に覚えず
(惠無)知らぬ間に声変わりすみ背も伸びて 旅立つ君に春風の吹く
(富田林薫)あわいろのベランダにむけ吹く風にとざした窓をすこしだけあける
017:玉ねぎ(1〜25)
(ねこちぐら) やるせなきことも積りし夜なれば玉ねぎひとつ刻みて過ごす
(みずき)ひたひたと玉ねぎ沈む水の上(へ)に涙道あをく晒す午後の陽
(此花壱悟)おとし玉ねぎられた子の顔をして米寿の人が昼寝している
(原田 町)飴色に玉ねぎ炒めぐつぐつと煮込みておりぬ桜待つ日は
018:酸(1〜25)
(船坂圭之介)憂きことのこの上はなし仮眠すらならぬ夜明けの酸ゆきコーヒー
(此花壱悟)いつの間にか酸っぱい葡萄となっている吾の自意識に靴あとのつく
(惠無)酸っぱさも甘さも全部ぶちまけてマーブル模様の君たちの夏