題詠百首選歌集・その5

     選歌集その5


001:始(143〜167)
(岩崎圭司) 始まっていた場所だった(何故それに気付かなかった)海に雨降る
(お気楽堂)始まりは覚えていない終わりには未だ程遠いそんな関係
(行方祐美)始まりはいつだったのと問う男に終わりを告げるわたくしの春
(東京パピヨン) 身の内に鍾乳石を隠し持つ春、始祖鳥の眠りを眠る
(クロエ)始まりも終わりもしらぬ潮騒に消されてしまう恋の顛末
(おとくにすぎな)始祖鳥のつばさにふれた金色のチョークの粉がつもる理科室
002:晴(127〜152)
(ワンコ山田)夕晴れにすっと伸びてく影を追い「けんけんぱ」って開きたい足
(惠無)言い訳の間抜けた言葉のいく先は 晴れたベランダ 叩くは布団
(大辻隆弘)晴れてさへゐればごきげん伊右門をリュックの脇にさくりと挿して
(行方祐美)割れるほど晴天ひかるこの朝二歳がやわく電話に出でぬ
(新井蜜)秋晴れの朝に荷造りするきみの部屋のタンスの跡の青さよ
(黒田康之)内密に人事異動を知りし日は白木蓮が晴れ間より咲く
(水口文)呼び捨てで扱われたし晴れ渡るたとえば真昼スーパーなどで
005:しあわせ(88〜114)
(ME1) 身に潜む 孤独と迷いの 迎え火を 焚いてホントの しあわせを知る
(田崎うに)しあわせはトカゲのしっぽ 失くしては生えてくるよう願いをかける
(香-キョウ-)太陽の光の中で眠るネコ 私も猫も しあわせ時間
(小早川忠義)三番にしあわせとなる暗転を持つ歌ワンコーラスにて終わる
(岩崎圭司) 幸せは夜行列車で(しあわせはロバの背中で)運ばれてくる
(香山凛志)ヌーヴォなる我を得ずしていかほどのしあわせならむ秋の恋人
006:使(82〜108)
(凛)引き出しの奥にしまった使い捨てカメラの中は返らない日々
(大辻隆弘)使者としてしづかなる身を運ぶとき森の翳りはみどりを犯す
(島田典彦)使用済み切手みたいな人だから元気でいると信じています
(Makoto.M) かの使徒の冬の厚着のごときものこころにありて坂を離れつ...
(佐原みつる) 使われることのないまま抽斗に重なってゆく黒い折り紙
内田誠)ひとつずつ使役動詞を消しながら短い夏の夜を駆け出す
008:種(53〜78)
(惠無)春の空 眠る種持つ君の背に白い翼が見え隠れする
(長岡秋生)種を割る心地よき音ゆうぐれの一人笑いは秘話のごとくに
(萌香)種蒔きの時期をあなたは間違えて芽の出る前に告げたさよなら
飛鳥川いるか)たとふればやさしき吐息第三種郵便物の封の切れ目は
(島田典彦)種明かしするならぎゅっと抱きしめて電気はつけたままでいいから
(野良ゆうき)想い出の種にときどき水をやる 黒い花など咲かせぬように
011:すきま(30〜54)
(きじとら猫)さよならを春の嵐でかき消した 両肩濡らすきまぐれな雨
(ぱぴこ)すきま風みたいな君の口笛がコンクリートの夜をくすぐる
(遠野アリス)春の夜吹き抜けてったすきま風 場所は心か私の部屋か
(惠無) 埋めたいすきまさえ無い夜の闇 きっとあなたは満たされている
(田丸まひる)曲線の足りない体だったからすきまなく抱きしめてもらえた
(紫峯)中の間に毛氈を敷くすきまなく桃の節句の雛の茶会に...
(野良ゆうき)すきまから出てゆくときに風たちは少し長めの言葉を残す
012:赤(27〜51)
(きじとら猫)女の子色だったのは過去のこと ヒーローたちの赤が眩しい
(よさ) テーブルの赤い折鶴ちいさくてやわらかい手が欲しがっている
(本田鈴雨)高層の赤きランプの点滅のリズムつらなり夜空を流る
(五十嵐きよみ) 赤裸々の「らら」のあたりに人生のいうにいわれぬ愉しみがある
(紫峯)清き瀬の流れに浮かぶ紙雛の赤き着物にこもりし祈り...
(春畑 茜)海からの風なつかしくけふをゆく字(あざ)赤羽根の菜種咲くみち
019:男(1〜25)
(智理北杜)殊更に男女の別を言いたがる奴に限って料理ができぬ...
(船坂圭之介)たゆたひて視の及ぶとき立ち上がる男 死者めく春の病棟
(みずき)男死に暗転したる舞踏劇 フィレンツェ通りは薔薇色に暮れ
(ふしょー)制服の海の男になれなくて裸眼視力を罵った夜
(惠無)「馬鹿なのよ」 そう言う彼女が続けるに 「でも可愛いのよね男ってさ」
(原田 町)禁煙をいくたび誓う男なりドロップ缶をからから鳴らす
(行方祐美)木を植えた男の絵本を捜しつつ木蓮の咲く春を深める
020:メトロ(1〜25)
(稚春)帰るって分かってるけど取り敢えず逃げてみますかメトロに乗って
(白辺いづみ)あこがれの人の拒絶になすすべもないままメトロぐるぐる回る
021:競(1〜25)
(ねこちぐら)殊更に競うもの無し夕暮れに口笛ひとつ気ままに捨てぬ
(船坂圭之介)競ひあふもののごとくに双立ちぬ樹の樹であること侵しがたかり
(原田 町)競売にかけられし土地三度目の春をむかえて菜の花咲かす