題詠百首選歌集・その6

           選歌集・その6

004:限(122〜146)
(庄司庄蔵)胎内にいるとき限りの呼び名だよまだちょっぴりの君の名は〈ポコ〉
(詩月めぐ)限界を自分で決めてあきらめて飛び立つことを怖がっている
(松本響)羽のある自意識さえも縛りつけ冬の鎖は無限のかたち
(おとくにすぎな)雲はどこまでもゆきます 留守電がつぶやく午後の有限会社
(空色ぴりか)無期限と書かれたパスを渡されてただ立ちつくすさよならの朝
(もけこ)限界をください私が「限界」に「あこがれ」とルビをふらないうちに
(文月万里)期間限定!書かれただけで欲しくなるから部屋中今はさくら色です
005:しあわせ(115〜140)
(水口文)しあわせの後ろ姿を追いかけて辻褄合わぬあなたとわたし
(松本響)流れても見つけられない星として燃え尽きるのはしあわせですか
(新野みどり)行き慣れたカフェでコーヒー飲みながらふと思い出すしあわせな午後
(空色ぴりか)「しあわせ」を過去形でかたる コンビニのおでんをレンジで温めながら
佐藤紀子)しあはせと気づかぬままに過ごしたり 我にもありし子育ての日々
(吉田ともき) 闇のなか腕を伸ばせばしあわせがきみの耳朶からそっと零れる
007:スプーン(76〜103)
(素人屋)見え隠れする結論はくるくると回り続けるスプーンの先
(香山凛志)恋人の螺旋解くため半時計周りにスプーン動かす真昼
( きゅん) ティースプーン一匙分の優しさで今なら愛してあげてもいいけど
(上田のカリメロ) スプーンに映る逆さま映像に心の中を見透かされし日
(pakari)故郷を遠く離れてスプーンにひとすくいぶん理想がのこる
(末松さくや)スプーンでかき混ぜるには広すぎるみずうみのような記憶の前で
009:週末(52〜81)
(田丸まひる)迂闊にも終われなかった週末を裏づけている微熱の寝具
(二子石のぞみ)週末の予定尋ねて誘われて嘘の用事で断っている
飛鳥川いるか)気化したる夢をまとひて週末の朝のまどろみ僅かに重し
(夏実麦太朗)週末に思いはせてた木曜日しがみついてる今日日曜日
(萌香)本当はひとりぼっちと気づかされ崩れていった週末の空
(新井蜜)きみからの電話待ってる週末の庭を横切るひよどりの影
(香山凛志)ささら陽に二人なることこそばゆい春の週末ごとの昂揚
(なつみ)週末の公園ていどの幸福にすらなじめずに缶チューハイ呑む
(素人屋)週末の朝の虚ろと醒めきれぬ夢のはざ間にケータイは鳴る
010:握(52〜78)
(白辺いづみ)飛びたくて飛べない鳥は屋上の錆びた手摺りを握り堪える
(萌香)ただ強く握り締めてもすり抜けるさよならをするだけの手のひら
(翔子)どこででもスカートの裾握りし娘いつのまのやら母となりいし
013:スポーツ(27〜51)
(坂本樹)少年の日のさみしさよ海へゆくこのまっ白なスポーツカイト
022:記号(1〜27)
(稚春)出鱈目に記号並べてあなたには伝わる筈って信じちゃってる
(はこべ)五線譜にトーン記号が書けました孫から届く報告メール
(惠無) 忘れてた子供の頃のノートには解けない暗号 記号が踊る
(愛観) 君という姿の記号 懐かしいけれど読めない文字に似ている
023:誰(1〜25)
(ねこちぐら) 誰ゆえに生きたる命と蒼空に問えば激しき風の撹乱
(船坂圭之介)歯を透す黒き果実の醸し酒を誰に捧げん春の密か夜
(みずき)その疑惑誰も素知らぬ振りしつつグラス鳴らして気炎を上げぬ
(此花壱悟)あの人が佛壇の奥で笑うから誰もいなくていいことにする
(はこべ)雨の午後誰も見えない裏道に濡れて鳴いてる子猫に出会う
(行方祐美)夕暮は誰と来るのか木蓮の白がふわりと呼ぶのだけれど
024:バランス(1〜25)
(ねこちぐら)バランスのいささか悪き我れなれば傾いだるまま今日をまた生く
(柴やん)休む日とがんばる日とのバランスはなかなかとれず今日も苦しい
(白辺いづみ)バランスを崩しかけてるあの夏の想い出ふいに聞こえる潮騒
(春畑 茜)「バランス」は「波瀾」と「針」の間(あひ)なればしまらく辞書にそを眺めたり
(原田 町)バランスを崩しあやうくたたら踏む老松坂はゆるりゆるりと
025:化(1〜25)
(船坂圭之介)たてがみを持つこと夢に過ぎざれば春の孤独を薔薇と化す吾
(畠山拓郎)ふんわりと天然ボケがチャーミング君の化粧は下手だと思う