題詠百首選歌集・その11

  題詠百首選歌集・その11


002:晴(178〜202)
(萱野芙蓉)晴るる日の群鳥あまた蒼穹に孔を穿てりわれを吸ふべく
(内田かおり)地に落ちる我が影次第に強くなる晴れの兆しは黒き色して
(高橋えっくす)晴れた日に昼寝している猫を見て それでもわたしひとでよかった 
(里坂季夜)晴れた日のいちばん綺麗な青だけを切り抜いて貼りたい場所がある
(日菜清司)少年の靴が放物線になり一秒きりの晴れを見ている
(わたつみいさな。)一瞬の晴れ間をつなぎあわせつつ雨音ばかり覚えています
003:屋根(163〜188)
(神川紫之) うばわれた屋根裏部屋でふたつめの月の手放し方をたずねる
(内田かおり)小鳥二羽屋根の向こうへ飛び立ちて残されており木蓮つぼみ
007:スプーン(134〜158)
(サオリ)チャーハンに落ちる言葉をスプーンで掬って食べる月のない夜。
(佐原みつる) 待ち人のやっては来ないゆうぐれをティースプーンが受け止めている
(神川紫之) あたらしいスプーンに対を買い足してしまいたくなる程のさみしさ
012:赤(77〜101)
(nnote)吊るされて赤い襦袢は風孕む昔むかしの恋のことなど
佐藤紀子)赤き色外側にして虹の弧が春まだ浅き空を彩る
015:一緒(55〜81)
(川鉄ネオン)あんな奴と一緒にするなという俺の違うところは負けてるところ
(きりんメモ)オムレットケーキのような半月とあなたの声と一緒に帰る
(香山凛志) 大切なひとほど遠くあるまひる他人と一緒にバスを待ちつつ
(五十嵐きよみ)さようなら心のままに泣けた日々ナイフと日記を一緒にしまう
016:吹(53〜78)
(市川ナツ)硬質のシャボン玉より吹きだした最終電車に生まれる朝焼け
(野良ゆうき)吹きぬけた風にあなたが見たものはなんだったのか 空を鳥が飛ぶ
(百田きりん)口笛を吹けないことは口笛を吹きたくなってからやってくる
飛鳥川いるか)まなうらの闇はつめたしまぼろしの吹雪はつねにわが裡にある
017:玉ねぎ(51〜77)
(香山凛志)真夜中の退廃的なる身体もて茶色くぬるく玉ねぎ炒む
(紫峯)春野菜並ぶ店先玉ねぎの無防備なまで透き通る白...
飛鳥川いるか)玉ねぎの饐えた匂ひす汗ばみて子を抱く女の腋のあたりは
(五十嵐きよみ)ひたひたとやるせなくなる玉ねぎの芽ぐむ匂いは若さのにおい
022:記号(28〜52)
(春畑 茜)さまざまの記号は浮かび沈みたり弥生の宵のスープをまへに
(青野ことり)春霞桜霞の川野辺に ト音記号のソラの明るさ
(香山凛志)恋人に嘘つく夕べ繰り返しト音記号をテーブルに書く
(暮夜 宴)豹の背に打った記号を順番に辿れば春の星座ができる
023:誰(26〜50)
(よさ)さあ誰か虚ろを満たせ酩酊の月がこのまま追ってくるから
(青野ことり)霧雨に濡らされていた誰にでもいい顔をすることに疲れて
(ドール)三月の道を歩けば捨ててある誰かのものであった悲しみ
(駒沢直)その先は誰と行くのか知りたくて君の背中を見つめてしまう
(香山凛志)誰のことも忘れ続けて夢を見る春限りなく螺旋をなして
ダンディー) おさな頃想い出多き友有りて誰にも言へぬ秘め事もあり
(文月万里)誰からもメールのこない一日は世に無き者の顔して生きる
(富田林薫)誰にでもできる手編みという本をかったときから三度めの春
(新野みどり)誰もいない公園で過ごす昼休み桜が静かに舞い落ちてくる
(きじとら猫)机上にて誰かと誰かを入れかえる人事異動の花いちもんめ
041:障(1〜25)
(みずき)ぴつしりと閉めた障子の音曳きて降りだす雨のそぞろ春なる
(駒沢直)気障(キザ)という消えかけた言葉思い出す郵便受けに一輪の薔薇
(本田鈴雨)故障せる機械の動作かなしきに恋失くせし日ふと思い出ず