題詠百首選歌集・その12

         題詠百首選歌集・その12



001:始(193〜218)
(小野伊都子)始まりは白いノートのまぶしさでアスパラガスで書くこんにちは
(里坂季夜)もう何も始まらなくていい春をやりすごすだけ陽だまりの猫
008:種(129〜154)
(緒川景子)きっともうここにはこない だからもう咲くことのないひまわりの種
野州)知らぬがに生きてゐたりし芽吹くこと怒りの種を今日も貯め置く
佐藤紀子)歌の種二つ三つと拾ひたり桜並木を通り抜け来て
(振戸りく)近道を通ってきたの? 靴ひもにセンダングサの種がついてる
009:週末(111〜139)
野州)亀鳴くを聴かむとしつつ週末の雨止まざれば池を離れたり
(神川紫之)くらやみが見えすぎていてひとりでは埋めていけない週末のこと
(千)疲れ果て眠るのみなる週末の春の嵐で舞い散る桜
(古川亜希)火曜日に受け取りそこねた母からの宅急便が届く週末
(遠藤しなもん献血の車も来るし週末はせめて誰かにやさしくしよう
内田誠)逃げ水をさがして歩いている人の夢を見ている長い週末
(萱野芙蓉)週末の水ぎはできく鳥の歌、身投げそこねし娘のはなし
(稲荷辺長太)週末を七日前から待っている作業服なら乾いてるのに
010:握(107〜133)
野州)歳月が俺を罵りやまぬから向日葵の種ひと粒握る
(ワンコ山田)じゃんけんを占う形に握った手 覗けば雲が教えてくれる
(空色ぴりか)ガマズミを握りつぶした手のひらの甘やかなまま夕暮れがくる
013:スポーツ(77〜102)
(nnote)ブラウン管闇夜と私映すからスポーツニュース消せないでいる
(素人屋)スポーツジムの「ここだけの話」聴きながらライムポトスの根も葉も伸びる
(緒川景子)いつもとは違う自分になりましょう スポーツカーはいつでも本気
(ももや ままこ)太陽をスポーツドリンク越しに見て夏の景色を思い浮かべる
(描町フ三ヲ)知るすべがない潔さ晴れ晴れとスポーツ紙しかない月曜日
(小早川忠義)街はずれのスポーツ店の軒先の飼ひ犬常に寝そべりてをり
018:酸(52〜77)
(野良ゆうき)無色無味無臭の酸素になりたくて君と歩いているわけじゃない
(紫峯)掌に余る文旦を剥くふわふわの甘酸っぱさの記憶と共に...
(こはく)聞きわけのよさをうたがう日もあって焦がさぬように酸っぱさを煮る
(五十嵐きよみ)炭酸の気泡が消えておだやかなグラスのような週末が過ぐ
(田丸まひる)桃色の炭酸水を頭からかぶって死んだような初恋
(小早川忠義)言ふことを聞かぬ部下より迫り上がる胃酸に顔を顰むるばかり
024:バランス(26〜50)
(小春川英夫)バランスを満員電車に崩されても椎名林檎は巻き舌のまま
(香山凛志)桜雨きみに降る夜 恋すべてアンバランスであれと爪切る
(ドール)粉飾を加えまくって帳尻を合わせる恋のバランスシート
(遠山那由)幸せを右手に握り左手を届かぬ夢に延ばすバランス
(暮夜 宴)バランスを崩してみたい夜もありサーカス小屋の象はさびしげ
025:化(26〜50)
(ドール)さくら花散りゆく中に道化いて演じ続ける人の哀しみ
(文月万里)月夜ならいくらでも化けてみせましょう けものけだものじゅろうぐもにも
042:海(1〜25)
(坂本樹)さみしさをわたしにみせて今はまだ海を知らないままでいさせて
(春畑 茜)赤彦の歌ひし諏訪のみづうみの霧深き日は大海(おほうみ)と見ゆ
(暮夜 宴)さよならを風にちぎれば海鳥のこえが悲鳴にきこえる夜更け
043:ためいき(1〜27)
(柴やん)ためいきをつくタイミング同じにてしばし微笑む待合室で
(みずき)ためいきが生(あ)れし春より熱を病み白薔薇重き朝のカーテン
(五七調アトリエ雅亭)気だるさにボトルぶち開けためいきが午後の口からとどめなく出る
(本田鈴雨)ひるさがりの部室の窓に顔ならべためいきならべた春の土曜日
(惠無)胸の内光る海原見つけたらためいき一つ置いてかえろう
(暮夜 宴) ためいきを首に絡ませ膝を折るキリンの群れに降り注ぐ月