題詠百首選歌集・その13

 書きたいことがないわけではないのだが、この数日、どうも新しいことに手を付ける意欲が湧かない。少し風邪気味だということもあるのかも知れないし、まがりなりにも禁煙をしているせいなのかも知れない。そんなわけで、軌道に乗っていることに、ついつい安住してしまっているところだ。

  選歌集・その13


004:限(174〜199) 
(里坂季夜)冬期限定最後のラミーがポケットでやわらかくなるまでのうたたね
(寺田 ゆたか)いのちある限りのときを流離ひて野ざらしとなる吾をゆめみる
(佐田やよい)白抜きでかかれた期間限定の文字をかかえる夜のコンビニ
005:しあわせ(166〜191) 
(里坂季夜)ささやかな不安は一時預かりに普通電車はしあわせの地へ
(兎六)「しあわせ」とわざわざ打って少しだけ冷めた幸せそのまま送る
(寺田 ゆたか)しあはせと思へる時は短しときみつぶやきぬ船を下りつつ
(佐田やよい)しあわせをピンクの箱につめこんで泣けない夜に送りとどける
014:温(77〜102)
佐藤紀子) 凍て土を分けて芽を出す水仙の葉先に温き光集まる
野州)頬髯をなぶつてゆくか春の風温(ぬる)き言葉で口説いてゐたり
(奥深陸)晩餐を再度温め直す時レンジの明かりが照らす横顔
(遠藤しなもん)もう平気 たとえば夜のコンビニで「温めますか」とほほえまれても
(aruka)闇の棲む蕾をまもる温室のガラスの屋根をたたく雨の音
(川内青泉)温度差は自転軸との関係と高校の師は熱弁ふるう
019:男(51〜75)
(島田典彦)男子だけ残されていた教室に残した謎を女子は知らない
(翔子)壁土をこねる男の横顔はキケロの像にどこかつながる
佐藤紀子)ネクタイを締めてスーツを着て立てばわが子なれども男は男
020:メトロ(52〜77)
(田崎うに)求愛のメトロノームは三拍子ガゼルが踊るジゼルの初恋
(翔子)地下鉄をメトロと言って照れた父少し親しみ覚えたあの日
(五十嵐きよみ)写真やらパリのメトロの切符やらひそませコクトー詩集は静か
(島田典彦)それぞれの時間が止まらないようにメトロノームのぜんまいを巻く
(ももや ままこ)擦り切れた21時の一服はメトロポリタンホテルのロビー
027:給(26〜50)
(よさ) 夕焼けは僕の影だけ追い出した給水塔の町のまぼろし
(遠山那由) 給水を待つ列ありて断水のない町もある渇水の夏
(青野ことり)一日に倦んだまなざしやすめれば給水塔にひとひらの雲
028:カーテン(27〜54)
(本田鈴雨)橙にきらめく東京タワーにもおやすみを言いカーテンを閉ず
(よさ)カーテンの向こうに冷えた鉗子もつ手は何本もあるのだろうか
(文月万里)少しだけ開けて眠ろうカーテンを朝生まれたての光得るため
(暮夜 宴)カーテンと猫のしっぽがじゃれあってくしゃみ7回ここからが春
(青野ことり)少しだけ開いた窓辺、カーテンを揺らして去った風は旅人
044:寺(1〜26)
(船坂圭之介) 死者生者こもごも思惟をたがへつつ立つ寺庭に西風の吹く
(春畑 茜)禅寺の苔のみどりに菩提樹に雨やはらかに春を降りくる
(本田鈴雨)竹林の寺のいおりの吉野窓 秋陽のかげに虹をやどせる
045:トマト(1〜25)
(みずき)飲食(をんじき)の最中トマトの熟しゆく 日あたる場所に寂しきは赤
(はこべ)農園の朝のトマトをもぎくれし青年の手は土の匂いす
(本田鈴雨)母の名のともこを「とまと」と言いし子のいま指ながくトマト切りいる
047:没(1〜25)
(みずき)日没へ翳りて痩せる指(および)ゆゑリングはいつも人拒みゐし
(行方祐美)悪態ならいくらでも付け春の子よ君のよわさを没収します
(春畑 茜)日没ののちの空あり何処までも土手をゆきたき小犬にわれに
(本田鈴雨)ダム底へ没する村の星空をシュラフに見し日きみ語る宵
(川内青泉)生きていて六十路の我を見届けて欲しかった父母没して三十年