題詠百首選歌集・その14

 やっと春が深まったと思ったら、このところ真冬に劣らぬ寒い日が続く。寒くなってからどうやら風邪が治ったようだ。禁煙は相変わらず一進一退。去年の題詠百首に、「禁煙とその挫折との繰返し 今日は朝からガム噛みており」という歌を投稿したのだが、今年も同じ状態が続いている。新しい腰折れを一首。「禁煙とその挫折との繰返し 五十年余は長く短し」

 選歌集その14


006:使(160〜184)
(内田かおり)一年を使い終えたる一冊の手帳の重さあるいは軽さ
(里坂季夜)使用済み18きっぷはこの本のここのページに眠らせておく
(帯一鐘信)夏なので天使を想う真夜中はティーンエイジの匂いに満ちて
(佐田やよい)使いきりカメラにおさめたあの恋が色あせるまで眠るひきだし
011:すきま(105〜129)
(ワンコ山田)三度目は少しすきまを空けてみるアキストゼネコのネコになるよう
(ももや ままこ)ぽっかりと心にすきまを空けたまま吹き抜けて行く風に震える
(小早川忠義)すれ違ふふたりの間もすきまとは敢へていはずに遊びと言へり
(すずめ)すきまとも見えぬチャンスをこじ開けて咲きつぐ夢や綿毛翔び立つ
(川内青泉)すきまから雪雨舞い込む借家にて新居待ちつつ父亡くなりぬ
(内田かおり) 風通ふほどにすきまの欲しかりき閉ぢし窓より見晴るかす春
(橘ミコト)誤って空いてしまったすきまには春花咲かす種を埋めよう
(千)小手毬のこぼるる道の寒き朝 冬と春とのすきまを抜ける
015:一緒(82〜106)
(aruka)幼い日ほんとはいないともだちといつも一緒にあそんだ街路
(ワンコ山田)居残りが長引く窓に竹とんぼ一緒に帰る約束だから
(紫月雲)「あの店へ一緒に行こう」日付の無い予定で埋まる空想カレンダー
(ハルジオン)目に見えないモノを一緒に探そうよ流星群の林を抜けて
016:吹(79〜103) 
佐藤紀子)笛を吹く少年」の絵の少年が吹くのはきっとバッハ組曲
(サオリ) 風車(かざぐるま)ふうっと息を吹く君の真っ赤な頬に触れると宇宙。
(川内青泉) シャボン玉吹いて詩を書く子どもらと若き日のわが国語の授業
(すずめ) 吹きつける人の想いに隈取られ五百羅漢のかげも自在に
(育葉) 芽吹き待つ森に春呼ぶ鳥達の羽根 一片の雪にも見えて
017:玉ねぎ(78〜102)
野州)さにつらふ紅玉ねぎの薄皮の剥がされるごと癒えてはゆかず
佐藤紀子)献立の決まらぬままにスーパーでとりあえず買ふ玉ねぎキャベツ
(素人屋)念入りに炒める鍋の玉ねぎが飴色になるまでに切り出す
(川内青泉)玉ねぎの皮で染め物するという娘のためにかわをためこむ
021:競(51〜77)
(きじとら猫)点数を競う恋などしたくない石灰の粉踏みつけながら
野州)競ひあふことの不毛を詠ひゐし歌にも優劣ありて競ひぬ
(島田典彦)競り市の声遠くまだまどろみて魚の焼ける匂い嗅ぎおり
(nnote)(競)の字は孤独な双子理由もなく合わせ鏡の世界を走る
(五十嵐きよみ)はつなつに白い手袋はめて行くロンシャン競馬場の華やぎ
026:地図(28〜53)
(小春川英夫)いつかきっと僕はあなたに会いに行く ぼろぼろの地図をかばんに入れて
(駒沢直)枕辺の古地図眺めて二人して花のお江戸に逃避行する
(ドール)今日君は何を書き込む手に入れたばかりの白い二十歳の地図に
(青野ことり) 路地裏に風があそんだ吹きだまり 地図に載らない花びらの果て
(香山凛志)おんななれば母は我が家に囚われて地図を眺むるのみのヴァカンス
029:国(28〜52)
(新野みどり) 国境を越えることなく生きてきた平穏な日が今日も過ぎ行く
(暮夜 宴) 国境を越えて繋いだてのひらに源氏蛍のともしびは降る
(きじとら猫)国立の地名の由来こっそりと桜守から耳うちされる
030:いたずら(27〜52)
(愛観)目を隠す只のいたずら今だけは違う名前で呼んでもいいよ
(遠山那由)世の中がいたずらに沸く四月一日 臨終告げる医師の黙礼
野州)いたづらに歳を重ねてなにがなしいちごジェラート食ひたきゆふべ
048:毛糸(1〜25)
(船坂圭之介)手編みせし亡母(はは)が香のするセーターの毛糸懐かし春は真盛り
(みずき)解しゆく母の毛糸が残す冬 五歳の記憶ふはり覆ひぬ
(行方祐美) いちご色の毛糸の帽子の絵はがきが今宵届きぬ春雪を連れ