題詠百首選歌集・その15

選歌集・その15


003:屋根(189〜213)
(美山小助)夕日浴び 錆びたトタンの 屋根並ぶ あの街でこそ 我は逝きたい
(育葉)震災で崩れた屋根の隙間から綿毛の種子が舞い降りる春
(ひわ) 屋根なんていらない 雨なら濡れるだけ君と一緒に濡れているだけ
(橘みちよ)ふたたびを来しこの街よ変らぬはニコライ堂の青銅の屋根
(澁谷 波未子) ぱたぱたと屋根を鳴らして過ぎゆけり 春の嵐と子猫が二匹...
007:スプーン(159〜183)
(庄司庄蔵) 受胎した妻がプリンを掬うときスプーンのくぼみはふくらみでもある
(ハル)幼子の小さき口に吸われつつスプーンは光る葉桜の下
(わたつみいさな。)我慢などしなきゃよかったスプーンでそうっとすくう すくわれる罰
010:握(134〜158)
(千)ひといきで把握しきれる人生を飛ばぬと決めて巣立ちを歌う
(宮田ふゆこ)夏祭り しんと終わってシャツの裾にきみが握ったあとだけ残る
(橘ミコト)一握のウソをあなたにつきました。あたしは今でも元気だなんて
012:赤(102〜126)
(佐原みつる)速達の赤いインクの滲み出し雨はますます激しさを増す
(美山小助)埋もれた かの失恋を 思い出す 掘り起こされた 赤字の手紙
(萱野芙蓉)肉食の獣のごとくにたけだけしサルビアの赤熱を吐きたり
(空色ぴりか)薄赤いままのまぶたを気にしつつ更衣室からデスクにもどる
018:酸(78〜102)
(素人屋) 弾まない会話の理由 ドレッシングの強い酸味のせいにしている
(里坂季夜) わが班の硫酸銅にアイスナインと名付けたきみの今が気がかり
(ワンコ山田)風鈴もきんぎょも揺れてやってくる(ちりん)(ちゃぽん)と酸素をまぜて
022:記号(53〜78)
(夏実麦太朗)暖かく眠たい午後の一限目記号めく文字ゆらぐ罫線
(島田典彦)年明けのバックミラーの母さんはヘ音記号のように手をふる
佐藤紀子)無限大の記号を高き空に描(か)き白頭鷲が旋回をする
(五十嵐きよみ)果樹園の記号をそっと書き入れる恋人と会う約束の日に
(此夢彼方)捨てられて記号と化した囁きは古い日記に隠しておこう
046:階段(1〜25)
(みずき)階段は石を穿ちしそのままに冬の感傷凍みて苔むす
(はこべ)鎌倉の長き階段上り見れば火傷しそうな夕陽に出会う
(五七調アトリエ雅亭)背伸びして大人の階段昇りたいママのルージュをちょびっと使う
(行方祐美)非常階段下りつつ帰る足音がかすか緩んで春は来にけり
(駒沢直) 地下室に続く階段駆け下りる してはいけない恋をしている
049:約(1〜25)
(船坂圭之介) 裂かれつつ樹脂したたらす饒舌を知らぬ樹が樹であるは約定
(みずき) 約束はひと冬越えて黄ばみたる 心の薔薇(さうび)美しく散れ
(坂本樹)ゆれている花のなまえを告げてもう約束なんか忘れたいです
(駒沢直)バファリンのやさしさの約半分の風邪の見舞いのメールが届く
050:仮面(1〜25)
(ねこちぐら)人らしき仮面はもはやひび割れて覗く素顔の恐ろしき宵
(船坂圭之介)笑はざる仮面(おもて)ひとつを壁の上に掲げつつ春をかくもさびしむ
(髭彦)生徒らの鉄仮面とぞ綽名せる授業で笑まぬ教師をりたり
(春畑 茜)芥子菜の黄の花ゆらぎゆらぐ道けふは歩めり仮面を棄てて
051:宙(1〜25)
(みずき)宇宙へと去りにし時間(とき)の数数をふふむ陽炎街に揺らめく
(坂本樹)わたしからふいにこぼれる花びらを宙に舞わせてしまう風たち
(本田鈴雨)どのような愉しき者のそこにいて宙を視つむる赤子わらうや 
野州)月わたる空を宇宙と思ふとき雨戸閉めよと妻の言ひくる