NHK・BS「列島縦断短歌スペシャル」

御存じの方も多いと思うが、NHK・BS第2放送に「列島縦断短歌スペシャル」という番組がある。年に2回くらい放映されている番組だと思うが、昨4月29日の番組に投稿し、50選の中に入って紹介された。
 「青い」と「窓」の二つの題に対し全部で3994首の投稿があり、それを5人の選者が10首ずつ選ぶのだが、私の作を選んで下さったのは岡井隆さんである。私の入選作は

   
   電車曲る一瞬街の静まりて 本読む女(ひと)の窓越しに見ゆ


というもので、「フェルメールの絵を連想する」という趣旨の選評があった。実は、私も作りながら「フェルメール」のイメージがあったので、思わず膝を叩いたところだ。
 
 この作は、全くの「題詠」である。私の短歌は60年近くに及ぶ自然発生派で、最近まで題詠とはほとんど御縁がなかったのだが、一昨年の題詠マラソン、昨年からの題詠100首に参加して、はじめて題詠なるものに手を付けた。そういった意味では、これらの催しのお蔭で、私の短歌に新しいジャンルが追加されたと言っても良いのかも知れない。そうは言っても、以前にもこのブログに書いたように、自然に生まれた作品が私の「実子」だとすれば、題詠には「後妻の連れ子」のような感覚が依然として残っている。
 
 私が短歌を作る場合、まず、「これは歌になるな」、あるいは「これを歌にしたいな」という体験や感想が向こうからやって来て、次の段階として言葉を探して作品を作るという手順が通常なのだが、題詠の場合、その前段が自然には出て来ないわけだから、まず「どんな類の歌にしようか」という模索からはじめなければならない。ある意味では、連想ゲームからスタートすると言っても良かろう。それだけに、「自然発生派」の作品とは、かなり異質なもののような気がしないでもないし、自然に生まれたものでないだけに、「無理してでも絞り出す」という操作がまず必要になって来る。それが、私の感覚で言えば「後妻の連れ子」ということになるのだろうが、見方を変えれば、テーマ探しからはじめるだけに、その方がより「創作」に近いと言えるのかも知れない。
 
 余計なところまで筆が走ってしまったが、昨日の結果を、PRも兼ねて御報告する次第だ。なお、本来なら、昨日の欄に書くべきものだと思うのだが、昨日はたまたま朝日新聞の「声」に私の投稿が載り、それを朝のうちにブログに転載した後だったので、1日遅れの御報告になってしまった。これまた余計な注釈を加えれば、午前中の段階では、出題前だからもちろん作品もまだできておらず、また、投稿してもまさか入選するとは思ってもいなかったので、そのためのブログの「余白」を作っておくという発想が全く浮かんで来なかったというのが正直なところだ。