題詠百首選歌集・その20

      選歌集・その20


001:始(219〜243)
今泉洋子)産土の末枯(すが)るる庭に水仙は匂ひ始めて母の面影
(フワコ)始まりの合図のラッパを身の裡に鳴り響かせてタイムカード挿す
(高岡シュウ)楽になる涙は流したくなくて始発ホームで唇を噛む
(やや)朝焼けの始まる前の無人駅影を隠してひっそりと立つ
006:使(185〜210)
(ハル)他愛ない愛の言葉も使えずに唇噛めば降る桜雨
(月原真幸)使い捨てカイロくらいのやさしさでよければあげられないこともない
(フワコ)使いかけの深海色のアイシャドウきっぱり捨ててひとつ年取る
(星桔梗)使用済み切符が潜む胸の中思い出ばかり積み重ねてる
013:スポーツ(130〜154)
(吉浦玲子)福音を伝ふるごとく足は美(は)し市民スポーツ祭のランナー
(内田かおり) 白ラインわずかに眩し車椅子押し行く人のスポーツウェアー
(宮田ふゆこ)きょう最後のスポーツニュースが終わったら帰るというのがあなたのルール
(内田誠)手渡してくれたスポーツドリンクの沁みこむ速度が君と似ている
016:吹(104〜129)
(ハルジオン) 口笛を吹けばきらめく水たまり背番号未定の夏が始まる
(佐原みつる) 吹き替えのフランス映画の中にあるまだこんなにも懐かしい声
(寺田 ゆたか) サーメ人の飼へるトナカイ吹雪止めば凍てしこの夜を眠りてやあらむ
(ひわ)ひとことでいえば戦友だった人を桜吹雪のなかで見送る
(振戸りく) 風船にカレーの息を吹き込んで飛ばして遊ぶ日曜の午後
017:玉ねぎ(103〜129)
(橘みちよ)日本人学校に子は行き土曜日の市場(マルシェ)に春の玉ねぎを買ふ
(千)家庭とは大ぶりに切りし玉ねぎの煮くずれるカレー作る毎日
021:競(78〜103)
飛鳥川いるか) 競艇に倦みたる老人うす闇をぼろぎれのごとく纏ひてあゆむ
(佐原みつる)休養に出された競走馬の過ごす牧場に今日は吹く風もなく
(吉浦玲子)徒競走最後尾なるくるしみの夢のつづきの一日(ひとひ)はじまる
038:穴(26〜50)
(ドール)ポケットにあいた穴から思い出をひとつぽろりと落としてしまう
(ダンディー) をちこちに車線規制のはじまりて穴また穴の季節となりぬ
(小早川忠義) 埋めらるるものを待ちゐてぽつかりと穴貪欲に己を開く
039:理想(26〜50)
(よさ)ゆっくりと君の瞳を絡め取り染まってみせる理想の色に
(原田 町) (理想的老後生活どうにでもなれと言ひつつ雑草を抜く
野州)理想いと高きがゆゑにゆきおくれなどと云ひたる慰めもあり
068:杉(1〜25)
(ねこちぐら)懐かしきかの縄文の香りせる千年杉の肌えは温し
(はこべ)せせらぎが光りて流るる多摩川の杉菜の原は色を増しおり
(本田鈴雨)谷川の板橋わたり見上ぐればはるか杉さす天上の青
ダンディー)延々と杉の木立の並びいる街道の朝木漏れ日の差す
071:鉄(1〜25)
(はこべ) 鉄道の枕木の間にすぎな萌え春はここにもありといいおり
(坂本樹)風たちが告げることばに気づいたらこの鉄橋をわたっておいで
(暮夜 宴) 忍び寄る黄昏のいろ鉄棒の横には猫と僕の影だけ