題詠百首選歌集・その22

 このところ選歌の在庫がなかなか貯まらない。他方、書きたい雑文がいろいろあったので、しばらく選歌の方はお休みになった。やっと私の勝手なルール(在庫25以上の題が10)に達したので、ひさびさに選歌集をお届けしよう。在庫24くらいの題が結構あるので、次回の選歌のタイミングは比較的近いのかも知れない。

   
選歌集・その22


010:握(159〜183)
(丸山汰一)ひとりだけ取り残されて夕闇に握りつぶされそうな公園
(あおゆき)あしたへの切符握って眠らねば夢の速度は存外速い
(David Lam)握り返す暖き掌は思い出に・先行く吾子の背を追う山路 
018:酸(103〜129)
(末松さくや)両手には弱酸性の泡がたつ やさしいものはみな海へ行く
(あみー)大声で笑いあうため僕たちは酸素に満ちた星に生まれた
(みち。)声がまた二酸化炭素になるぼくはたぶん誰かを傷つけている
(寺田 ゆたか)携帯の酸素ボンベぞものものし 高き峠をバスは越えゆく
(わたつみいさな。)愛されぬことがあるなど予測せず始終吐き出す二酸化炭素
019:男(101〜126)
(みち。)きみは男わたしは女それだけが充満している6畳の部屋
(橘みちよ)男子女子ともに遊びし頃は過ぎ中学生の列なし歩む
024:バランス(76〜100)
佐藤紀子)微妙なる夫婦のバランスふと崩れ今日はどちらも少し不機嫌
(吉浦玲子)二足歩行のヒトの苦難をわれは負ひ腰痛の身のバランス正す
(おとくにすぎな)完璧なバランスのとき澄んでゆく独楽です(だけど白くならない)
(橘みちよ)つま先に立ちバランスをとる少女窓の日に金色(きん)のうぶ毛かがやく
040:ボタン(26〜50)
(新野みどり) ジャケットのボタンを留めて前を見る出勤前の小さな儀式
(野良ゆうき)指先に触れたボタンに指先をのっけたままで引きつる笑顔
(青野ことり)むかし母のブラウスだった春色のくるみボタンのやさしい形
(すずめ)失恋はいつもボタンの掛け違え三十路で通う着付け教室
041:障(26〜50)
野州)故障車の白き煙はゆつくりと渋滞の列霞ませゆきぬ
(ドール)やぶられた障子にふたつ貼ってある花のかたちに切った折り紙
(青野ことり) 平らかに広がる空のあるかぎりなんの障りもなく日々はあり
(すずめ)柔肌のあかり仄かに吐息して障子にすける春の夜の月
042:海(26〜50)
(帯一鐘信)黄金に輝く海に沈んでる春は無限に変りゆく蒼
(ドール) 人々の想いを溶かし蒼くあれ あの日のままの海を見に行く
(yuko) いいこともないわけじゃない風の吹く私が暮らす海のない町
(野樹かずみ)いつか船は出てゆくだろう いまきみがクレヨンでかく海の向こうへ
(野良ゆうき)人知れず大海原に降る雨のことが気になり眠れない夜
(佐原 岬) 海を見るいつか見るって決めたからまずはいらない荷物をすてる
(富田林薫)うっすらとひざしのあたるほんだなに海でもらった貝をならべる
(五十嵐きよみ)この海を越えてゆけるか鳥かごの鳥でしかないこころを放つ
045:トマト(26〜50)
(フィジー)照れたように僕に告白する君の顔は真っ赤に染まったトマト
(暮夜 宴) 翡翠に笑われそうな嘘だもの潰れたトマトで汚してあげる
(白辺いづみ) トマト切る生々しさは前戯に似て手の液体を眺むるばかり
074:英語(1〜25)
(ねこちぐら)早々に拒否ある言葉は好かぬとて喰わず嫌いの英語文法
(みずき)英語もて歌ふアリアに酔ひし身に夕焼け色のショール纏ひぬ
(駒沢直) 英語ならwould youくらいの謙虚さで 君の寝顔をみせていただく
075:鳥(1〜25)
(ねこちぐら)静寂を切り裂くごとくに鳥は往き残れる闇のなお深きかな
(行方祐美)つぎの世は鳥がいいねとかき回すアイスオーレに笑う口笛
(髭彦)チェロの音のかくも深きか趙静(チョウ・チン)の奏くカザルスの<鳥の歌>はも
(駒沢直) 二羽で往く鳥の行方を眼で追えば あると思える青空の果て