題詠百首選歌集・そn26

 このところ夏を思わせる暑い日が多い。梅雨はなかなかはじまらないし、今年の夏は水不足とか。これも地球温暖化の影響なのだろうか。選歌の在庫もなかなか貯まらない。

       選歌集・その26

001:始(244〜268)
(里木ゆたか)一日も同じ色なき明け空は一度きりなる始まりを告ぐ
(moco) 始バス待つ僕の目の前ゆっくりと動き始めた街が過ぎてく
(野田修平)始業ベル遠く聞こえる屋上で僕ひとりだけ青春だった
(村本希理子)わたくしの始まる場所を問うてみる詰りかけたる排水管に
002:晴(228〜252)
(繭)すさまじき晴れ間に心の残虐さうっそり動くが襁褓を換える
(黄菜子) 夕晴れも背景として劇中に小さき明かりほつほつ灯る
(moco) 落ちてきた空の欠片を拾い上げ透かして見てる晴れすぎた午後
(やすまる) 蒼穹に積み上がってゆく雲たちで晴々とした笑顔を描く
013:スポーツ(155〜181)
(宵月冴音)ぐっしょりと濡れて七月十九日スポーツウェアをゆっくり脱がす
(長瀬大) スポーツが苦手で猫がだいすきで笑顔のへたな子が好きでした
(黄菜子) 先客が忘れてゆきしスポーツ紙風にめくれるはつなつのカフェ
017:玉ねぎ(130〜155)
(月原真幸)原形をとどめないほど玉ねぎを細かくきざむ夜が長引く
(村本希理子)玉ねぎのスライスみづに放たれてもののかたちのひかりとなれり
026:地図(79〜105)
(佐原みつる)携帯に呼び出す地図がはっきりとかたちを示すまでのつかの間
(みゆ)幾重にも思いを重ね咲くダリア 複雑すぎて描(えが)けない地図
(花夢) この土地の地図には意味のない雨のにおいばかりが染みついている
027:給(76〜101)
(夏瀬佐知子)給わりし星まわりなら否が応あるがままよとハナミズキ咲く
(寺田 ゆたか) 異教徒われルルドにありて祈れどもつひにマリアは出で給はざり
(花夢)泣くことを許す真夏のアスファルト給水塔の見える位置まで
035:昭和(57〜82)
(天国ななお)昭和の昭 平成の平 どちらにもマルをつけずに西暦を書く
(五十嵐きよみ)歳の差はあきらか私の人生の大事はおおかた昭和にあった
(百田きりん)何も見せてくれないレンズに笑いかけ母も私も昭和からきた
(ももや ままこ)夕暮れに昭和の風が吹いている生まれ育った町の路地裏
(翔子) 芍薬のはなびら落ちる狭き庭昭和の総括いまだ成らざる
036:湯(53〜78)
(五十嵐きよみ)十代はすでに遠くてバスタブの湯を抜くときのかすかな悲鳴
(ぱぴこ)悲しみを湯せんにかけて泡立てるあなたを責めて泣けばよかった
(星桔梗) 湯冷めする程の速度であなたへの愛が彷徨いはじめる月夜
(ワンコ山田)向日葵を浴びて湯になれひなた水ビニールプールは乱反射して
053:爪(26〜50)
(暮夜宴) フラミンゴらしくいきたい春の日に爪の先から匂う桃色
(惠無) 封印を解かれた記憶が嬉々として攻め立てている冷えた爪先
(本田鈴雨)はなぞののゆめ眠りいるふくよかな春の黒つち爪にひそみぬ
ダンディー)震災の爪あと深き能登の街漁場に春の悲しみの吹く
(野樹かずみ) 子の爪はそっと切られて夕闇の木立のうえに上弦の月
(野良ゆうき)またひとつ背中に増えた爪痕が眠れぬ夜に疼きはじめる
(すずめ)爪を立て忘我の淵にしがみつくもう戻れない終電のベル
(五十嵐きよみ) 策略はめぐらせてある念入りに十指の爪をといで出かける
082:サイレン(1〜25)
(髭彦) 戦世の末に生(あ)れたる吾にして空襲想ふサイレンの音に
野州)食卓を挟み静かに諍ひし深夜とほくの火事のサイレン
(春畑 茜) 「サウンド・オブ・サイレンス」とふ曲ありき 秋の記憶にこぼれ来る雨