題詠百首選歌集・その27

 東京の梅雨入り宣言はたしか一昨日だったと思うのだが、昨日も今日も夏を思わせる太陽が照りつける好天。梅雨入り宣言を急ぎ過ぎたのではないかという気がしないでもない。


     選歌集・その27

006:使(211〜235)
今泉洋子) 排卵の日が近づけばわが心天使のやうにやさしく和む
(みなと琳)使うほど痛み増してく透明のシェルター 遠い他人との距離
(癒々)伸びをして肩甲骨がむずがゆい 天使になれないブルーマンデイ
(ハナ)唇の使用頻度が高いから口紅減らぬまま恋をする
(椎名時慈) わたくしの使用許諾書「同意する」ボタンに触れて服を脱がせて
014:温(154〜178)
(凛)体温が僅かに残る100円をそっとすり替え肉まんを買う
(繭) ミルクティー小鍋で温め直す刻ゆきすぎる冬を悼むがごとく
(黄菜子)陽の射せば温きベンチに見ていたりのぼりくだりに航跡引くを
(霰) 生温いだるさのなかにひとり居て地球のかたちのまるさに気付く
(みずすまし)水温む便り届けば玄鳥の声の響きて代田にわたる
(村本希理子) ゆき違ふひとの形の温もりの留まることなき螺旋階段
(里木ゆたか) 我ひとり君が体温知るよりも西風の中すくと立ちたし
022:記号(104〜128)
(里坂季夜)美しいト音記号が描けたので音符のことは忘れてしまった
(ひわ)膨大なデータの海にたゆたうて記号化できぬものでありたい
(青山ジュンコ)あなたからメールの返事来なくって待ちわびているハートの記号
(A.I)春色の記号ぱらぱら咲いたので本に挟んで押し花にする
(佐倉すみ)道ばたの記号としての赤でさえ情熱的に感じる五月
(霰)旋律にならない音を閉じ籠める ト音記号のねじまきのなか
023:誰(102〜126)
(月原真幸) 誰にでも優しくしたいわけじゃない 向かい風でも下る坂道
(霰)誰なのか解らぬひとを待ち詫びて明日のほとりに白き花咲く
(黄菜子) 霧いでし夜を歩けば吾を知る誰一人なき街に灯ともる
028:カーテン(80〜104)
(寺田 ゆたか) 明るさにカーテン開けて驚きぬ九月晦日に雪降れる街
(佐原みつる)夕暮れの色が瞼に焼きついてカーテンレールの埃を拭う
(おとくにすぎな)突風をはらんだ白いカーテンが二年五組のぼくを切り取る
(花夢)眠れない夜ふんわりとカーテンが揺れてわたしの微熱をさます
(ひわ)カーテンを開ければ光だけが満ち三秒遅れて見る海の青
(里坂季夜) カーテンはまだ閉じておく金の陽がかたむき消えるまであとすこし
037:片思い(52〜76)
(百田きりん)幸福な片思いだと言い聞かせなじませてゆくハンドクリーム
(aruka)屋上で膝をかかえる少女らの片思いさえきらめく真夏
(こはく)ひだまりを思い出させる声がして片思いからこぼれる揺らぎ
(佐原みつる) ソーサーの足りないカップセットには片思いという名を付けておく
038:穴(51〜76)
(中村成志)擦り生姜きいろく濡れて蓮根の穴ほろほろと舌にくずれる
(星桔梗) 今日もまたいつものような一日が終わる私に落とし穴待つ
(香山凛志) 秘めるべき想い世界に溢れいて裏庭に穴増えゆくばかり
039:理想(51〜76)
(紫月雲) いにしえの理想は理想に過ぎぬかと挑める少女の目の色深し
(本田あや)一昨日と違う理想を理想だとはしゃぐ彼女の八重歯の真白
(星桔梗) その理想引き受けましたとあなたから耳打ちされた日を忘れない
(ワンコ山田)ブランコのひとこぎごとに弧は理想目指して散らす僕の不都合
051:宙(26〜50) 
(新井蜜) 宙吊りの心のように春風に吹かれ揺れてる午後のブランコ
(野良ゆうき) その昔宇宙が決めた法則を宇宙が破ることもあるはず
(白辺いづみ)週末の遊びつかれた終電の椅子にもたれてただいま宇宙
(青野ことり) 宙天をうつろう月は十三夜 急かさないからゆっくり満ちて
052:あこがれ(27〜51)
(佐原 岬) あこがれが悪夢になって牙をむくそんなセンター試験の前夜
(野良ゆうき)あこがれはあこがれのままアルバムにしまっておくと決めてはいたが
(新津康)あこがれの君を追うには僕はまだ何(なんに)もなくて立ち尽くすだけ。
(白辺いづみ)黄砂風酔いを冷まして答えの出ない問いはあこがれみたいに淡い
(青野ことり) 目を伏せて歩く日もある空色のあこがれだけじゃ生きてゆけない
(みゆ) カトレアの気高き品にあこがれて 背伸びしてみるスーツとヒール