題詠百首選歌集・その29

        選歌集・その29


007:スプーン(209〜234)
(ハナ) しあわせをのせるスプーン君の背にひかるしずくのうすいしおあじ
(日向奈央)スプーンにくちづけをする カルピスを混ぜたら夏になる日曜日
(瑞紀)何気ない君の言葉にささくれてスプーンの背で潰すあまおう
(moco)スプーンでかきまわしてる あたしたち小匙1杯ほどのカンケイ
(∬ベリアル∬) スプーンでジャムを すくったような嘘仕方ないから聴き流してる
018:酸(130〜154)
(黄菜子)甘酸っぱき玉ねぎを食み1パイントのビール楽しむ黄昏にいる
(砺波湊) 炭酸の泡粒に嬲らせるためにコーラの瓶に小指を浸す
041:障(51〜75)
(みゆ) 涼風に揺れる柳の柔らかさ 色無き艶を障子に映す
(百田きりん) 障害を乗り越えてこそ なんていうひとがいるからまだくもり空
(星桔梗)差し障りない話にはついてくる世間なれした愛想笑いが
(ももや ままこ)八月の月の明かりに照らされるお化け屋敷の破れた障子
042:海(51〜75)
(中村成志) 蔦の這う儚きあをの器から注いですこしだけ海は死ぬ
(星桔梗) 海産物問屋の前を吹く風が潮の香りを運び来る夏
055:労(26〜50) 
(新井蜜)労りの言葉を探し検索のサイトを巡る遅い春の日
(野良ゆうき)少しずつ疲労が溜まる感触を楽しむような木曜の午後
(五十嵐きよみ)苦労して仕上げた刺繍のひとすみに鋏を入れて名をほどきゆく
086:石(1〜25)
(みずき)石となり眠る日浅く逝きし父 血流あをく透きて春なる
(春畑 茜) 懊悩(あうなう)の烈しきものを秘めをらむ首のこの石青淡けれど
087:テープ(1〜25)
(帯一 鐘信)盗聴のテープのような味のするキスをたのしむ白い断崖
(新野みどり)真っ白な細いテープをアクリルに貼って模型の窓出来上がる
088:暗(1〜25)
(ねこちぐら)大都市の喧噪の中ひっそりと暗闇坂は名のみ残れる
(みずき)暗闇に明日は咲くらしひとひらの櫻散りたる 冷え冷えと春
(柴やん)暗闇を一筋の光切り裂きて新聞配達朝を知らせる
野州常陸なる長塚節の生れどころ春暗ぐらと筍育つ
089:こころ(1〜26)
(ねこちぐら)徒然に頁を捲る漱石の「こころ」と我れの心を重ねて
(はこべ)行く秋や君のこころがはかれない冬をま近に渡り鳥来る
(みずき)こころばへ美(は)しき拒絶もあるといふ 萎えしそびらに見尽くす冬野
(髭彦) 五十路をも踏み能はずに漱石の残せる<こころ>今に古びず
(本田鈴雨)雨匂うままに暮れゆく夏至の日のこころほのかにひかりを帯びて
090:質問(1〜25)
(はこべ) 質問をしてみたけれど来ぬ返事黙って見ている雨の芍薬
(稚春)質問は一つと決めた何もかも知ったとしても分かりはしない
野州)時間がないから質問はのちほどと言ひて講師はさつと帰りぬ
(新野みどり)真直ぐに手を上げ質問ばかりした小学校は遠い思い出