題詠百首選歌集・その30

 やっと最後の題が近付いた。今日か明日には一応1巡することになりそうだ。だからどうだという話ではないが、何となくホッとするような気がしないでもない。


   選歌集・その30


010:握(184〜211)
(村本希理子) 握手から拍手にかはるつかのまを香る花あり後悔のごと
(やや)かたくかたく握ったはずのおむすびが解かれてしまう雨の日曜
(moco) 握りしめた希望を空へ放つ時 終りの先の穏やかな朝
025:化(102〜126)
(村本希理子)ベランダの帰化植物を揺らしをりやまとごころの右に左に
(小埜マコト) 優しさに化けてみようかこんなにも月が明るい私は独り
031:雪(80〜104)
(ワンコ山田)楽しみにしすぎて熱を出した子に窓から見舞う手と雪うさぎ
(橘みちよ)雪かづく山脈(やまなみ)うつす水張り田車窓に見えてたちまちながる
(星桔梗) 新雪の頃に私は生き返るあなたの影を白く覆って
(aruka) 雪の夜はみえないこたえさがしましょ白く埋もれた街かどに出て
(花夢)許されていい頃なのに雪どけの水は澱んでまだここにある
(黄菜子)まだ雪を知らない子猫長椅子に「SNOW」と呼べば顔をあげたり
(霰) 雪色の朝にきのうの夜のこと覆ってしまっておこうと決めた
(おとくにすぎな)まっすぐに届けられないこといくつ? すきまだらけで飛ぶぼたん雪
佐藤紀子) 昨夜(よべ)の雪少し凍りて陽に光る南天の実の赤をのぞかせ
057:空気(26〜50)
(青野ことり) まだ鳥も寝ているだろう ひとりきり朝の空気に濯がれて佇つ
(みゆ)夕暮れの秋の空気を吸い込んで 風船葛(ふうせんかずら)夢膨らます
(富田林薫)ゆっくりと空気はぬけてすてられた赤いふうせんのようね夕暮れ
(星桔梗)体内に含んだ空気その中のあなたの割合どれほどだろう
093:祝(1〜25)
(みずき)祝日を活けし木蓮黄ばみたる夜は小寒き春の音する
(船坂圭之介) 鬱々と時を過ごしぬ空たかく澄みて祝日といふ佳き日に
(髭彦)戦世の末にし吾の生(あ)れたるを父母いかに祝ひ給ひき
(本田鈴雨) 定年を祝いて恩師かこむ夜に 夫はひとり炊飯をする
094:社会(1〜25)
(此花壱悟)社会といふゴミ箱にみな突っ込んだ我が闘争は底に張り付く
(駒沢直)今日もまだ言葉は社会に寄り添えず そっとサボテンをなでているだけ
095:裏(1〜25)
(ねこちぐら)裏返し透かしてみても空なれば無きに親しむ春もありたり
(みずき)封筒の裏面を印す己が名へ櫻咲くらし夜の投函
(船坂圭之介)闇に浮く汝がかんばせのごとくして蔦薔薇は夜の裏窓に笑む
(髭彦)ネパールの古都のパタンよ路地裏よ煉瓦の粗き人のつましき
(本田鈴雨)裏庭の木戸のきしみは耳底に 音の記憶のくきやかに在り
097:話(1〜25)
(行方祐美)話など無いのですからしわくちゃな私にしたのは貴方ですから
(此花壱悟)雨止まず自称クウガの幼子とネコの話をすることもあり
(坂本樹)いつの日かきみが見ていたひこうきの雲の話を聞かせてほしい
(新野みどり)カクテルに酔い話など聞かないで流れる曲のリズムを刻む
098:ベッド(1〜25)
(ねこちぐら) 柔らかきベッドは未だ馴染めぬと布団並べしこの夜は愛し
(みずき)寝がへればベッドまだるき春の音 雪の玻璃戸へ虚ろに軋む
099:茶(1〜25)
(みずき)茶話会の春宵となる窓透かしつがひの鳥の美(は)しき嘴(くち)づけ
(行方祐美)くれないに千日紅のひらくなり工芸茶ゆるりと夜のポットに
(新井蜜) キッチンで物音がする午前二時 親父がひとり茶碗酒飲む