題詠百首選歌集・その31

 最後の題が、なかなか25首に届かない。まさか私に意地悪をしてじらしているわけではないだろうが・・・。もっとも、もう24首まで来ているので、私が勝手に作った在庫ルールの25首に届くのは、明日あたりのことだとは思う。


    
   選歌集・その31   


009:週末(190〜214)
(村本希理子) 週末のひびき哀しきことを言ふひとを残して家路につきぬ
(森マサキ) 昼過ぎに布団を出たら週末はすぐに終わって波に飲まれる
(椎名時慈)月曜にはみ出てしまった週末の名残を消して職場に向かう
(やすまる) はつなつの週末の朝のまどろみの(涌き水)(野いちご)(爪のもも色)
(日向奈央)週末は贅沢をする あなたとの通話時間を3倍にする
(∬ベリアル∬) 水底に横たわる街 週末に響く雨音 水無月の午後
(瑞紀)週末は一割引きのベーグルを噛みちぎりつつ恋文を書く
015:一緒(157〜181)
(萱野芙蓉)このひとは一緒に生きてゆかぬひと風道に濃くあかしあ香る
(村本希理子)ひとの背はさびしいかたち はるかぜと一緒にここへ来るはずだつた
(里木ゆたか)この空の下に居れども「一緒」とは言えぬ広さに遠ざかる青
(お気楽堂)目隠しの鬼も一緒にかごめかごめ座敷童子が正面にゐる
019:男(127〜151)
(宮田ふゆこ)ふたつめの失恋からも浮上して「第三の男」ウクレレで弾く
(黄菜子)マント着た男に名刺渡されるベーカー通り221b
(村本希理子)麻紐の結び目にさへ女男ありて脳の髄をつよく縛れり
(史之春風)やせがまんするが男の生きる道 たまごは固く茹でねばならぬ
020:メトロ(128〜152)
(佐倉すみ) 日が落ちたことも知らないふりをしてメトロとろとろまどろむ夕べ
(兎六)兄弟のほしい二人の少年がゆれるメトロでとなりにすわる
(萱野芙蓉)地上へと東京メトロが出るあたり煮え立つやうに緑が匂ふ
(砺波湊)目を閉じるひとりひとりに波は寄せ夜のメトロは海へと向かう
043:ためいき(53〜77)
(稲荷辺長太) ためいきの温度を測る妖怪が身構えているコピー機の裏
(ぱぴこ)あなたへの抗議を込めたためいきにそれでも愛を含んでしまう
(aruka)陸橋にしみついた君のためいきがほどけて雪になる夜を歩く
(振戸りく) ためいきで教室中が満たされるような気がする物理の時間
058:鐘(26〜52)
(五十嵐きよみ)うたごえがささやきになる音量で「シチリア島の晩鐘」を聴く
(中村成志)切髪の童の石に軒先の青銅鐘がのびやかに鳴る
(aruka) 草の闇の沈めるさきに吊鐘は虚ろなおとをひめつつ黙る
059:ひらがな(26〜51)
(新井蜜) ひらがなのなまえをかいたてのひらをみずにひたしてひにあててみる
(ドール)三歳の子供に向かいゆっくりとひらがなだけを使って話す
(青野ことり) やわらかく想いたいからひらがなで考えているきみの一日
(五十嵐きよみ)本当に言いたいことは言えぬこと棘もつ言葉をひらがなにする
(中村成志) 黒々と濡れた花壇の土に書くしいちゃんの名の文字はひらがな
060:キス(26〜51)
(五十嵐きよみ)キスリングその絵に封じ込められた永久に無口な少女の憂い
091:命(1〜25)
(新野みどり)命得て静かに過ぎる日常は小さな幸せに満ちている
(本田鈴雨)わが中についに命を持たざるに小さきちいさきものら育む
092:ホテル(1〜25)
(ねこちぐら)階ごとに疲労の色もいや増すかビジネスホテルの廊下の暗さ
(みずき)はたはたと雪に真白き冬蝶の翅はホテルの灯より出でざる
(行方祐美) ホテルマンは白く立ちいつ南国の朝しずかな海と向き合い
(坂本樹) ぼくたちはぼくたちのままホテルからもれるあかりにつつまれている
(本田鈴雨)新緑は白き窓枠に充ち満ちて三笠ホテルを風ゆるく過ぐ