題詠百首選歌集・その32

 やっと最終題の在庫が25首になった。これでやっと1巡したわけだ。去年の1巡は5月初頭だったので、今年はかなりゆっくりしたペースのようだ。もう折り返し点を過ぎたわけだから、この分では完走者がどのくらいの数になるのか少々気懸りでもあるが、私が気を揉んでもしようのない話ではある。去年の例によれば、締切り近くになってラストスパートをかけられる方が多いのだと思うし、またそれを期待したいところだ。       


          選歌集・その32 


003:屋根(239〜263)
(椎名時慈)この屋根を越えずに消えるシャボン玉涙のような滴(しずく)となって
(瑞紀)三日だけ屋根裏部屋に住んでいたときの話をベランダでする
(湖雨)屋根を打つ雨音懐かしコンクリの都会の箱で父母想う
012:赤(177〜201)
(やや)つよがりの背中側から満ちてくる赤色ペンキをぶちまけた空
(みずすまし) 肩に負う世のしがらみを捨てたくてつぶすイチゴの赤色さみし
今泉洋子)はつなつの空に散らばるつぶら実の赤深みゆき桜桃忌近し
(桑原憂太郎)2学期に苗字の変はる女生徒の右手のネイルは鮮やかな赤
(瑞紀)憎しみの言葉でさえも捨てられぬ書架より赤き栞ひも垂る
032:ニュース(78〜102)
(カー・イーブン)ニュース観る子ら眼裏に熱おびて早まりゆける夏の訪れ
(花夢)六月はありとあらゆる幸福なニュースを思い浮かべて逃げる
(黄菜子)「冥王星また降格」のニュースもう騒がずなりて短く終わる
(里坂季夜)生きているひとのニュースは悲しくて訃報ばかりを丹念に読む
(村本希理子) 紫陽花を枯らしてしまつた窓のそと昼のニュースがどこからか聞こゆ
033:太陽(79〜103)
(逢森凪) やわらかに照らすひかりをあたためてわたしあなたの太陽になる
(橘みちよ)「惑星」にホルストついに入れざりし太陽系の最果ての星
(黄菜子) 太陽の策略なにも知らぬまま地軸ようやく保たれている
(霰) 太陽へ向かふルールを持つ虫を羨みてまた今日を迷へり
044:寺(52〜77)
(夏実麦太朗)山裾の無住の寺の片隅に地蔵尊立つ前垂れ赤く
(振戸りく) 寺ばかりある街でした 除夜の鐘を数えることができないくらい
(寺田 ゆたか) 二百余段登りつくして紀の海のきらめきを見し寺の夕ぐれ
(村本希理子)南国の廃寺は花に埋もれつつひかりの糸を紡ぎつづける
045:トマト(51〜76)
(みゆ) お喋りにとけ込めなくて吾ひとり トマトの果汁かき混ぜている
(本田あや)欲せないことが罪悪だったのか夜更けにぬるいトマトを齧る
046:階段(51〜75)
(ぱぴこ)階段を力いっぱい駆け下りた振り払えないままの心で
(愛観) 階段を駆け下りながら追い越したあの日の君に辿り着けない
(振戸りく)階段を椅子の代わりにすることを受け容れてみた日曜の午後
(橘みちよ)子を呼べば子は来ずなあにと言ふやうに猫が階段かけ降りてくる
(村本希理子) 海面をこえて伸びゆく階段のすこしゆらぎて 夏がはじまる
061:論(26〜50)
(小春川英夫) 正論はいらない。君のうなだれた頭が僕の肩にあるから
(yuko)人生論など振りかざす葦よりも何処吹く風の猫になりたし
(星桔梗)結論を先に延ばしたその訳を青い小鳥がついばんでいた
062:乾杯(26〜50)
(新井蜜)乾杯のグラスを合わすそのたびに濃くなっていく海の青色
(惠無)「乾杯」の声も聴かずに過ぎたから覚えていない結婚記念日
100:終(1〜25)
(船坂圭之介)繧壌のそらゆ墜ちくる一抹の悔悟在り 春 終日(ひねもす)を伏す
(髭彦)あてもなき旅にしあればわが六十路歩み求めむ終の住処を
野州)おほかたの終りはいつも唐突でたとへば不人気の漫画のやうに