題詠百首選歌集・その34

 関東の梅雨明け宣言はまだのようだが、この数日、真夏を思わせるような天気が続く。暑いのは閉口だが、真夏というイメージには、いまだにロマンらしきものを感じる。かといって格別の楽しみや期待があるわけでもないのだが・・・。

       
選歌集・その34

027:給(102〜126) 
(里坂季夜) クレームと間違い電話ばかり来る日は給茶機も機嫌が悪い
飛鳥川いるか) 給茶機の煎茶うすくてしみじみと手相を見をり蛍光灯の下
036:湯(79〜103)
(萌香)ぬるま湯に包まれながら人肌の記憶に揺れる三日月の夜
(つきしろ) 両の目が赤くなるほど寂しくて、沸かしすぎてるお湯がうるさい
(黄菜子)湯にひらく花茶のあわき黄金に黙し疲れしくちびるを寄す
佐藤紀子) 湯煙りが下水溝より立ちのぼり温泉町は冬も暖か
(里坂季夜)あたたかく透明なものあふれさせ濁る想いを沈める湯船
038:穴(77〜101)
(橘みちよ) 風穴(ふうけつ)のそこひに眠る氷つくためいきなるか風の吹きくる
(きじとら猫)雨だれのリズム指に伝えつつ穴埋め原稿綴る真夜中
(村本希理子)自転車のチューブはみづに沈めらる見えぬ穴より泡を噴きつつ
佐藤紀子)たまに行くすし屋で父が先づ頼む少し甘めの穴子のにぎり
039:理想(77〜101)
(花夢) いつだって光にまみれていたいっていう理想論 雨にふられる
(佐原みつる)理想的な人と二ヶ月続かずに部屋干しにする白いブラウス
(霰)ばらの白 空のみづいろ 蜜のきいろ 三色だけで理想を描く
040:ボタン(76〜101)
(おとくにすぎな)ボタンにはならない貝を銀色の波がならべる波のかたちに
(橘みちよ) 三月は冬のなごりのボタン雪合格通知をまだ受け取らず
(寺田 ゆたか)金ボタン一つを惜しむ鴎外の心しぬばゆベルリンの灯に
(萱野芙蓉) 貝ボタンほのかに光るみづうみの色に暮れゆく夏服のうへ
049:約(51〜76)
(星桔梗) 約束の花の季節は過ぎましたあなた何処から見ていましたか
(橘 こよみ)約束の叶わなかった日の夜のくるぶしにまだ潮騒がある
(愛観) 少しだけ会わない日々が面映い約1メートル分の空白
(本田あや)日に一度約束したがる人のため 右の小指にネイル重ねる
(文月万里) みつ編みに束ねた髪をほどきゆく君の指先約束の朝
050:仮面(51〜75)
(夏実麦太朗) とりあえず今を何とかする為に仮面の上に仮面を付ける
(星桔梗)良い人の仮面を被っている現代(いま)を脱ぎ捨てればもう自由な時間
(nnote)雑踏に人を探せばはだいろの仮面ばかりが溢れる日曜
(振戸りく) 何枚も重ねてつけた仮面から私がこぼれそうになってる
(村本希理子)雨に重る髪束ねつつ頬骨にひつたり貼りつく仮面欲りをり
051:宙(51〜76)
(百田きりん)つないだ手だけを頼りにして夜の住宅街の宇宙遊泳
(村本希理子) この夜をポストに眠る手紙あり 宙返りする日曜の猫
(ワンコ山田) どちらにも欲しがられないずっと手が宙ぶらりんの花いちもんめ 
(小籠良夜)宙吊りの夢より醒めしあさやけに百光年の独り身を知る
053:爪(51〜75)
(中村成志) 泥岩に爪痕残し始祖鳥が羅目の鱗を光らせて飛ぶ
(星桔梗)爪を噛む癖を見慣れた年月が平穏の壁破れずにいる
(ぱぴこ)とうさんにそっくりな爪かあさんとおなじ歯並び家出の夜も
(村本希理子) 爪を切るひとの小さき影を抱きふけゆく夜にいだかれてをり
(黄菜子)龍の爪思わせる雲ゆうぞらに銀をこぼして明日は雨降る
063:浜(26〜50)
(新井蜜)打ち返す地球の呼吸する音を母の背中で聞いたこの浜
(野良ゆうき) 砂浜にふたりで埋めた空き瓶は眠り続けるタイムカプセル
(富田林薫)砂浜にのこす足跡 僕たちは夏の歪みに気付かないまま
(ぱぴこ)幽霊を信じてみたい砂浜でひとり影踏み足あといくつ