題詠百首選歌集・その35

 あと20分で8月。新聞の歌壇では、戦争の歌が花盛りになるのだろう。そのことに多少の違和感を覚えつつ、私も8月の重みや痛みを感じるのが例年のことだ。その8月が、また巡って来る。


      選歌集・その35


008:種(205〜230)
(椎名時慈)夏空のぬるい闇夜に寂しさの種を仕込んだ花火を上げる
(瑞紀) 修道士(ブラザー)がくれしセージの種かおる大聖堂の見ゆる窓辺に
013:スポーツ(182〜206)
滝音) ぼんやりと2人のゴール遠すぎて薄めすぎてたスポーツドリンク
(やすまる)スポーツとしてあるものを身のうらの水の記憶を手繰ってすすむ
022:記号(129〜153)
(宮田ふゆこ)捧げたい歌があるのに完璧なト音記号を書けないでいる
(田丸まひる) あの歌は思い出さなきゃ 夕闇にト音記号を描き続ける
(描町フ三ヲ)呼び覚ます私の中にある低音ヘ音記号は胎児の形
(里木ゆたか) 君言いし言葉ひとつで転調すヘ音記号をひた走る恋
023:誰(127〜151)
(萱野芙蓉) 霧にあかく野あざみ立てり誰にでもすぐに謝る人は信じず
(宮田ふゆこ) 誰もすこし父に似ている レジ横で温めを待つうしろ姿は
(兎六) 誰にでも優しい人が悪口を言う日もあって甘い珈琲
052:あこがれ(52〜77)
(aruka) 七月はいちばんとおい海があるなくしてしまった風とあこがれ
(黄菜子)すじ雲のもつれほつれてあこがれとさびしさは似る私の場合
(澁谷 波未子) 君の瞳の強さにそっとあこがれし 知り合う前に戻りたき夏...
054:電車(51〜75)
(aruka)風街で電車はゆれて夕まぐれきみはしきりに川の名をきく
(村本希理子)銀色のひかりの函となりていま郊外電車が鉄橋をゆく
(文月万里)満ち足りて夜の電車に揺られおり祭の微熱まだ醒めやらず
(黄菜子) 朝なずみ電車は駅を離れゆく生きてるつもりの人型も乗せ
064:ピアノ(26〜50)
(小春川英夫)やわらかいところに触れられそうになるピアノの音に不意に会う朝
(星桔梗) ぽつぽつとピアノの鍵盤たたいてる明日の夢を潰された指
(村本希理子)色褪せた植物図鑑をひらく指(ピアノの蓋の重さは忘れた)
065:大阪(26〜50)
(野良ゆうき)早口の大阪弁でしゃべるのは嘘がつきたいからではなくて
(村本希理子)大阪の女やからと思ふこと多くなりたり離れて十年
067:夕立(26〜51)
(野良ゆうき)夕立に問い詰められて君のこと好きだと言った 夏どまんなか
(ドール)夕立の中を走ってべっとりと背に貼りついた青いTシャツ
(村本希理子)冷房の利いた書房に聴くバッハ 終章待たず夕立やみぬ
069:卒業(26〜50)
(原田 町) 親業も主婦業も卒業ファベルジェのクレムリンエッグに見とれる今は
(中村成志)(東京は卒業したの)玉虫のアートネイルが這うさるすべり